株式会社三菱総合研究所

August 02, 2023第5回プラチナキャリア・アワード 記念シンポジウム(パネルディスカッション)

パネルディスカッション:プラチナキャリアの推進が企業と社会に与える効果
~アワード5年間の振り返りと将来に向けて~

パネルディスカッションより

モデレーターのプラチナキャリア・アワード事務局 高橋寿夫より「日本企業においてプラチナキャリアをより一層推進すべく、『プラチナキャリアの推進が企業と社会に与える効果』について、アワード受賞企業や本日ご参加の皆様と一緒に考えていきたい」と呼びかけ、パネルディスカッションを進めた。

第5回最優秀賞受賞企業 プラチナキャリア推進の取り組み

「社員のキャリア形成への取り組みについて」
NECネッツエスアイ株式会社 人事部長 加藤 徳満 氏

NECネッツエスアイ株式会社 人事部長
加藤 徳満 氏
NECネッツエスアイ株式会社 キャリア形成支援事例ご説明

NECネッツエスアイ(以下NESIC)は、時代の変革とお客様のニーズに応じて、従来事業から業態を変化させながら、多角的発展を視野に入れて成長してきた。2022~2024年度中期経営計画「Shift up 2024」では、「DX×次世代ネットワーク」の具現化で、持続可能で豊かに響きあう社会の実現をテーマに、全社の高度人材の育成を進めている。このように変化を続けるなかで、「変化し続けるNESIC、挑戦し成長し続ける個人」を人材育成方針に掲げ、この方針に沿って、社員の成長に資する様々な機会を提供し、社内の環境を整備している。以下に4つのキャリア形成支援事例を挙げる。
 

  1. キャリアの可視化:社員個々人の行動特性や強みの可視化、「腹落ち」のためには客観的な評価指標が必要。強化ポイントを可視化し、社員自身の気づきによる自律的なキャリア形成を支援(例:行動特性を自ら振り返る、1on1ミーティングで上司と話し合うなどして能力を可視化する「NESICキャリアアセスメント」、技術・DXスキルを可視化し目指すべき道を明確にする「全社テクニカルパス」)
  2. 学びへの支援:階層や人事評価項目の強化ポイントを意識した「パーソナライズ化」可能な学習システムを導入し、能力開発を支援(例:「LinkedInラーニング」の全社導入)
  3. キャリア自律のための制度:人材公募に加え、希望部署への異動が可能となるジョブ・チャレンジ制度を導入し、自律的なキャリア開発を支援。各種制度の違いも含めて広報(代表的な制度:人材公募、ジョブ・チャレンジ、ポジション・エントリー、キャリアレビュー)
  4. 新規事業創出(ピッチコンテスト)による成長支援:事業創出による「個」と「組織」の成長の場として「新規事業ピッチコンテスト【出る杭】」を毎年開催。審査を通過したビジネスアイデアに対し、実証実験の機会や検証費用を提供するなど、事業化に向けた活動支援を実施

その他にも、Well-being推進、心理的安全性の実践と浸透、社員と経営陣との対話、健康経営の推進など、様々な施策を講じている。これが最もよいというものはまだ見つかっていないが、仮説検証の下、やりながら考える、まずはやってみる、とにかくやってみることが大事だと考えている。発展途上ゆえ当然失敗もあるが、変化を止めない、変化し続ける会社でありたいという強い気持ちを胸に、会社全体で社員のキャリア形成支援に取り組んでいる。

審査委員による「アワード5年間の振り返り」

プラチナキャリア・アワード審査委員(左から、佐々木氏、佐藤氏、牧野氏、諸星氏)

諸星氏:この5年間はコロナ禍の影響を受けたことで、働き方改革が急激に進んだ印象がある。毎回、世の中の変化に沿った様々なテーマに視点を向けて審査してきたが、各回受賞企業の表彰理由を一覧化して振り返ってみると、変化の流れがよくわかる。今回の重点評価項目「リスキリング」について、私のなかでの評価ポイントは、わかりやすい、自由度が高い、経営者層も一緒に取り組んでいる、誰でもチャンスがある、多種多様などであったが、各社の資料を精読しながら、やはり今回も「世の中は変化している」という点を実感した。

牧野氏:私の専門は生涯学習、大人の学び。リスキングが注目されるような時代は、社会が順調にいっていないと思っている。コロナ禍を経て様々なことを変えざるを得ない状況になって、ようやく新しい社会がやって来た。その変化の下で、人々の価値観のなかに「標準形」がなくなってきている。本アワードの審査でも、初期の頃は標準形に注目し、定年延長などを評価してきた。しかし今や標準形はなく、一人ひとりがリスキングなどの学びに取り組みながら「新しい私自身、新しい価値」を形成していく必要が問われている。一人ひとりを違う人間と捉え、その人々が「関係しながら作り出す新たな価値」を求めていくことが、企業側の課題ではないか。

佐藤氏:デジタルテクノロジーを活用した教育イノベーション「EdTech」(エドテック)の研究・実践が専門。世の中の技術の進化が激しく、今年であれば「AI」など、その時に話題になっているワードを追いかけることに捕らわれがちだが、人事戦略を考えるためには、人事部の方にも「テクノロジーを継続的に学ぶ」ことをお勧めする。重要なことは「技術の進化の予測と正しい活用」で、活用に関してはNECネッツエスアイ様が実践しているように、社員のスキルの質と量の把握が欠かせない。テクノロジーを活用して学びのパーソナライズ化なども進めて、人材活用を展開されるとよいのではないか。

佐々木氏:第1回から審査委員を務めるなかで、応募企業の取り組みについて「上辺だけでなく、実態を見る」ことに注力してきた。私の専門はダイバーシティ経営で、ダイバーシティ経営とは、女性、外国人を増やすことだけではなく、企業価値を高めること。実際に働く一人ひとりに、ダイバーシティによってどんな成果があるのかを理解してもらい、行動変化を導き出すことが重要。「ダイバーシティインデックス」(ジェンダー、年齢などあらゆる角度から企業で働く人の知識や意識、行動を分析し、プログラムに参加する企業の価値向上にどのような影響を与えているか数値化したもの)では、「ダイバーシティ経営の基礎知識を持っている人たちには、組織内で多様性を活かす行動変革・意識変革が起きてくる」という分析結果が出ている。この結果からも、企業は仕組みをつくるだけではなく、社員一人ひとりが力を発揮できるように、どう支援していくか考える必要があるとわかる。一人ひとりが働くなかで輝き、企業も成長していく仕組みと「実態」があるか、今後も本アワード審査委員会のなかで、プラチナキャリア形成に資する各社の取り組みに引き続き注目していく。

ゲストパネリストによる話題提供「プラチナキャリアと企業価値との関係」

モデレーターより、「将来に向けてプラチナキャリアを考えていきたい。人材育成の取り組みとその成果を『企業価値向上へつなげる』ために企業は何をすべきか。日頃から、投資の世界で企業をご覧になっている、大和証券の山田氏、三菱UFJ信託銀行の小西氏にお話をうかがいたい」と呼びかけた。

大和証券株式会社 エクイティ調査部 
チーフESGストラテジスト 山田 雪乃 氏
三菱UFJ信託銀行株式会社 資産運用部
インデックス戦略運用室 上級調査役 小西 健史 氏

大和証券株式会社 エクイティ調査部 チーフESGストラテジスト 山田 雪乃 氏

人的資本と企業価値について、複数の調査結果を示しながらご説明する。
「人事施策」は財務実績とポジティブな関係
欧州や米国では人的資本開示が始まっており、これらを扱った92の調査論文によれば、財務実績について「研修」との関係は6割、「人事施策」との関係は8割の論文がポジティブ(肯定的)であると示し、人事施策の方が高くなっている。なお、この「人事施策」とは、従業員モチベーションなどいくつもの要素に間接的に働きかけ、最終的に生産性や顧客満足度などに効果を発揮していくものである。

「従業員エンゲージメント」と企業実績はポジティブな関係
また、他の複数の調査の分析結果では、顧客ロイヤリティ、従業員の生産性などに関しては「従業員エンゲージメントと高い相関(ポジティブ)」があり、従業員エンゲージメントと企業実績はポジティブな関係と示されている。一方、従業員の離職に関しては「従業員エンゲージメントと逆相関(ネガティブ)」がある。

人的資本の充実により、企業価値向上へ
このように非常に重要な「従業員エンゲージメント」と最も強い関係を示すのは「自分は価値がある/一員であると感じる」ことで、これを高める最も効果的なものは「研修・開発・キャリア」であると別の調査によって明らかになっている。「研修・開発・キャリア」を促進することにより、従業員は自身の価値や会社の中での一体感を高め、顧客満足度向上、欠員率や離職率の減少につながるのだ。
なお、最初にご紹介した「人事施策と財務実績」についてだが、この人事施策とは「人事施策の束」(複数の施策の組み合わせ)のことであり、企業ごとに「束」の内容は異なり、ブラックボックスともいえる。「どの施策を組み合わせれば、企業価値向上に有効」という正解はない。本アワードで注目した「リスキリング」始め、他の施策でも、これがよいとされるものが今後出てくるであろう。しかし、先にご紹介した複数の調査結果を見ていくと、従業員エンゲージメントを高めるには、「研修」に注力して人材育成に取り組むことが有効であるのは明らかだ。この春からは、有価証券報告書でも人材育成方針など人的資本の情報開示が始まった。人的資本の充実によって投資家からの注目も高まり、結果として「企業価値の向上」につながると期待される。

三菱UFJ信託銀行株式会社 資産運用部インデックス戦略運用室 上級調査役 小西 健史 氏

「プラチナキャリアインデックス」の開発
三菱UFJ信託銀行は、本アワードの一次評価で使用している東洋経済新報社のCSR企業総覧データのうち「プラチナキャリア」企業の評価項目を用いて、従業員のキャリア構築に積極的な企業150銘柄で構成した「iSTOXX MUTB Japan プラチナキャリア 150 インデックス」(以下本インデックス)を開発した。本インデックスは、プラチナキャリアの理念浸透を金融面から促すことを目指したものである。構成企業選定プロセスなどの詳細は、共同開発したドイツ取引所傘下の指数提供会社 STOXX 社のサイトで公開しているのでご覧いただきたい。本インデックスは、TOPIX(東証株価指数)に比べて運用(シャープレシオ)が高い傾向がある。

プラチナキャリアと企業価値の関係
プラチナキャリアと企業価値との関係でいえば、今後も本インデックスのパフォーマンスがTOPIXなどを上回れば、プラチナキャリア実践企業の市場価値が評価されたものだと、尺度のひとつとして参考にしてよいのではと考える。そして、企業には、プラチナキャリア形成への取り組みが企業価値向上につながる証として、本インデックスを活用してもらいたいと思っている。なお、プラチナキャリア・アワード受賞企業は、審査委員会で定性面の評価も行っているなどの理由により、本インデックス構成銘柄と必ずしも一致していないことにご留意いただきたい。

テーマ討論

Q「プラチナキャリアの推進においては、企業内外の理解を得ることが重要と思われますが、どのように企業内外に浸透させていけばよいでしょうか。また、浸透させていくにあたっての課題は、どのようなことがありますか」

加藤氏:社外への浸透よりも社内への浸透の方が難しい。社内への浸透でいえば、社員が能動的になるには「キャリアアセスメント」のスコアを見て本人が強み・弱みを理解し、自らの課題を明らかにすることが必要だと、経験上思っている。

山田氏:取り組んでいる企業が、まだ少ないので、これは「お願い」になる。企業は社外のステークホルダーへ、どういったことを伝えるとよいかといえば、例えばDX戦略であれば「DX研修を何人が受講しました」などの、一つひとつの指標・実績の開示だけではなく、研修を受けた人が今後どういうDXビジネスを展開していくのかなど「施策と企業戦略とのつながり」がわかるようにしていただけたらと思う。

諸星氏:社会保険労務士の立場で中小企業を多く見ている。人材不足もあり多くの中小企業は、新卒採用に苦労していて、人材育成面では、自社に今いる社員を大切にする仕組みづくりについて相談を受けることが多い。会社側は社員との対話を進め、多様な働き方やAIやRPAなどを導入した働きやすい環境整備を考えていく必要があると思っている。また、「研修に力を入れたい」という中小企業は多いのだが、参考事例も予算もなく壁にぶつかっている。本アワードを通じて、中小企業の参考になる得る取り組みの推進と開示を、大手企業に期待している。

Q「第5回のプラチナキャリア・アワードでは、社員のリスキリングを重点評価項目としました。社員のリスキリングと企業価値の関係について、どのように考えますか

小西氏:プラチナキャリアインデックスには、社員の研修費用や自律的な学びを促す制度があるか、といった評価項目があるが、それらの制度の有無のみを単独で取り上げて企業価値を測ることはまだ実施していない。但し今後、データ蓄積が進めば、企業価値と各評価項目の関連が明確になると思われる。企業には今後も積極的に情報開示してほしいと思っている。データ分析を進め、各種制度と企業価値の関連性が明確になれば、企業側にとって、研修等の予算確保の際の参考になるかもしれない。

牧野氏:私が日頃見ている大学生を始め、現役の社会人も、退職された方にとっても、人生100年時代の暮らしのなかで一番大事なことは「自尊心を認めてもらうこと、尊厳を認め合う関係があるか」ではないか。今の大学生の多くは、企業という組織のなかだけで価値があり、評価されるだけでは嫌で、自分がしている仕事そのものが「社会の役に立っている」と思える仕事がしたいと考えている。仕事やレジャーなど、すべてあわせた「暮らしごと」の中で、社会の役に立っていたいのだ。そういった、新しい社会のいろいろなことを含めたなかで「リスキリング」がいわれているのではないか。企業と社会がシームレス化するなかで「尊厳を保って生きる」ということを考え、企業を退職した後でも自分の経験を活かしながら社会に貢献したい人が多く存在する。これが市場の新しい在り方ではと思っている。新しい社会になったとはいえ、変えられないものもある。それが、人の人としての尊厳や価値だ。この変えられないものがあると認識した上で、リスキリングに取り組んだり、企業のあり方を変えたりすることによって、社会が継続できるような仕組みにしていく姿勢が、企業に求められているのではないか。

佐藤氏:先端技術の汎用化が進み、誰でもAIが簡単に使えるようになった。今後、使えない人と使える人の格差が大きく広がると予想されるため、AIに関する学び、リスキリングに取り組むことが理想的であろう。「学ぶモチベーション、自律的な学び」という点が重要になるが、自分でも気づいていない「なぜ、やらないのか」に気づき、自分に学びのスイッチを入れるには、自分の強み・弱みについて可視化されたデータを有効活用してほしいと思う。なお、学習データ(ログ)を扱う上で最も大事なことは、学習者のリフレクションを促し行動変容のために使い、「管理・評価を目的にデータを取得しない」ということ。企業において従業員の管理・評価に学習データを使う場合は、本人からパーミッションを取るなど管理を徹底する必要がある。

左から、小西氏、牧野氏、佐藤氏、高橋(事務局)

Q「プラチナキャリア推進に取り組んだ結果、どのような効果や成果につながっている、あるいは将来生まれると考えていますか。また、そうした効果や成果をどのように開示されていますか

加藤氏:社員が自分について可視化されたデータを見て、気づいていなかった自分を認知し、自己理解を進めて、個々人がキャリアビジョンを考えていくことが重要(特に若手)であり、成果につながっていくと思う。また、キャリア形成の場所は会社にこだわらずに、様々なフィールドで社員が自分の能力を発揮して活躍した成果が、結果として会社にも返ってくるような仕組みも取り入れることができれば、継続的なキャリア形成推進が可能になるのではと期待している。

小西氏:プラチナキャリア推進に取り組んだ成果が評価されて、アワード受賞やプラチナキャリアインデックスの構成銘柄に選定されたということになるので、選ばれたこと自体を対外的に開示すると注目が高まると思う。

山田氏:市場関係者から見てわかりやすいように、人材育成の成果の開示は積極的に行っていただきたい。「骨太方針2023」にも記されているが、昨今、労働市場や企業と個人の関係性などの考え方において、社会変化に応じた大幅なモデルチェンジがされ、明るい未来の到来を感じている。そのなかで、プラチナキャリア推進は、人生100年時代の企業の取り組みというより「個々人と社会がともに取り組んでいくもの」だと発想を変えていくと、日本の社会がもっと明るくなるのではないか。今後もプラチナキャリア・アワードに注目し、期待を寄せていきたい。

佐々木氏:「ダイバーシティインデックス」の参加企業のデータ分析から、知識と体験によって社員が行動変革を起こすことがわかっている。その他にも、どのような研修が企業のガバナンスやイノベーションを高める効果があるかなどの因果関係も出ている。こういった事実に基づいたデータを、市場との対話の材料として使っていくこともよいと思う。また、ダイバーシティに関しては、例えば「女性管理職を増やした部長にはボーナスアップ」などを社内の人事評価項目に入れて1年で目標達成した企業もある。「ダイバーシティ経営を進めれば、企業の成長につながり業績アップに直結する」という知識を社員に提供した上で、インセンティブをうまく活用するなどして取り組みを推進すると効果があるのではないか。社会の要請だから、トレンドだから、何かアクションを起こさなくてはということではなく、ダイバーシティ経営を理解し実践する経営者や社員が増え、たくさんの知恵が集まれば、その企業は成長するという認識が大切。本アワードや、企業のダイバーシティと経営の関係を数値化する私の仕事を通じて、企業価値向上につながるさまざまな道のりを今後も提示できればと思っている。

最後に

最後にモデレーターである三菱総合研究所 高橋寿夫より、「人材育成の多様な取り組みとその成果を『企業価値向上へつなげる』ために企業は何をすべきか。『人事施策の束』のうち、自社においては何が有効なのかを各社が分析・理解し、より具体的な施策や職場環境づくりに結びつけること、また、社員のキャリアビジョンやなりたい姿を、マネジメントのなかで、いかに具現化していくか検討を重ねることが重要だと、本日のディスカッションで理解した」と締め、本シンポジウムを終了した。

  • Twitter
  • Facebook