「ICF Business Acceleration Program 2022」の最終審査会を12月9日(金)に開催、1次・2次審査をくぐり抜けた7社のファイナリストから最優秀賞、三菱総研賞2賞(未来パートナー賞、未来デザイン賞)、ベストグロース賞、オーディエンス賞を選出いたしました。
応募総数は海外からも含め147件。最終審査会に臨んだファイナリスト7社について、ICF事務局長の須崎彩斗は「まさに激戦をくぐり抜けて選ばれた」と高く評価。社会インパクト、事業性は年々高い水準となり、プレゼン内容も非常に濃いものとなりました。今年は3年ぶりに会場にオーディエンスを招いての開催となり、プレゼンターの熱意と会場の熱気が入り混じり、白熱した審査会となりました。
審査員
最終審査員は以下の通りです。
審査員長 小宮山 宏 | 株式会社三菱総合研究所 理事長 |
リチャード・ダッシャー氏 | スタンフォード大学アジア・米国技術経営研究センター所長 |
椙山 泰生氏 | 京都大学名誉教授/椙山女学園大学 現代マネジメント学部教授 |
校條(めんじょう)浩氏 | NSV Wolf Capital マネージング・パートナー |
【最優秀賞】
Clean Water Mechanism「きれいな水にインセンティブを」
株式会社安斉管鉄 安斎聡氏
私共は、世界最高水準のナノバブル発生装置「Hd-Nano」を軸に、水環境浄化のクレジットメカニズム「Clean Water Mechanism」を提案しています。この背景には、現代に水質浄化に対するインセンティブがないという課題があります。
Hd-Nanoは1ml中に100億個のナノバブルを発生させることができ、ナノバブル密度は他の追随を許さないレベルです。また、消費電力の低減と大型化というナノバブル発生上の課題もクリアしました。皇居の日比谷濠、習志野森林公園などで水質浄化の実績があるほか、農業への利用の実証実験も進み、収穫増、肥料低減などの効果を確認しています。また、水田での利用はメタンガスの発生を抑制する作用があることも分かりました。
こうした水質浄化や温暖化ガス低減を、カーボン・オフセットのメカニズムを利用しその枠組みの中で「方法論」としてHd-Nanoを開発・登録、利用拡大を図るのが狙いです。稲作農家がHd-Nanoを使い水田のメタンガス発生が抑制できれば、稲の収穫量が増加するだけでなく、炭素排出量の削減も期待できます。5反当たり13万~120万円の収益増になるとの試算結果も出ています。海外での実証実験も進んでおり、稲作の盛んなシンガポールではテマセク、ビル・ゲイツ財団の支援を受けた取り組みも始まりました。 事業戦略上、短期的には国内の稲作、水産養殖分野でのHd-Nano普及と、カーボン・オフセット事業を推進します。中長期的には国内の下水道等、公共分野における大きなメタン排出源での事業化や海外展開を見込んでいます。
【三菱総研賞 未来パートナー賞】
生きる力を育む! 学校と社会を繋ぐ探究学習
株式会社Study Valley 田中悠樹氏
2022年4月から「探究学習」が高校教育の場で義務化されました。この探究学習の指導を支援するソリューションが、われわれの「Time Tact」です。
探究学習は「VUCA」時代における「生きる力」を身につけることを目的にしています。学生自らが主体的に活動し、課題を見つけ、他者と連携しながら課題解決に臨む取り組みです。実際の教育現場では、「学生一人ひとりの活動内容が異なる」、「主体的な学びの指導法が分からない」など、これまでの教育とは異なり、指導する側の先生たちにノウハウがほとんどないことが問題でした。
Time Tactは、探究学習の内容を一人ひとり把握・蓄積・管理することができ、探究学習に必要な要素を分解しステップ化しています。これに沿って指導すれば、無理なく探究学習を進められるようになります。また、社会課題の例として、企業と提携し、企業が抱える課題を多数掲載し、学生の課題探索に役立てています。探究学習の義務化に伴いTime Tactの利用数は増加していますが、企業側の課題探索、学校側の学びの効率化などがまだ課題として残っています。探究学習を身に着けた人間が増えれば、必ず社会が変わります。将来的には大学、社会人まで対象を広げたいと考えており、三菱総研とはICF会員向け探究学習セミナーの開催やコンテンツ製作などで協業できればと考えています。
【三菱総研賞 未来デザイン賞】
不妊治療の可視化とリファーによる、治療も仕事も諦めない
株式会社ninpath 神田大輔氏
不妊治療では、人によって適した治療法が異なります。しかしながら、医療側から適切なリファーがないことが大きな課題となっています。不妊治療患者は、クリニックや治療の選択、仕事や家庭環境における選択など、多岐にわたる選択を常に自身一人に強いられています。このことがメンタルヘルスに悪影響を及ぼし、患者の55%に抑うつ症状が見られます。さらに、不妊治療のクリニックではメンタルケアができないことも大きな問題です。
われわれが提供するアプリ「ninpath」は、こうした課題に対し、患者のリテラシーに依らず適切な不妊治療の選択を可能にします。治療の管理・整理、他ユーザーとの比較、その他の治療の可能性の提示などの基本的機能に加え、メンタルヘルス管理が可能な点が最大の特徴です。定期的にメンタルチェックを行い、その結果をクリニックに共有し、リスク軽減に役立てます。さらにninpathを通じて全国で81名しかいない不妊治療のメンタルケア専門家によるカウンセリングが受けられる点が大きな特徴です。ninpathにより、患者とクリニックをつなぎエンゲージメントを向上させ、その結果、治療のアウトカムも向上させる好循環を生み出すことができるようになります。将来的には、蓄積した不妊治療に関するビッグデータを解析し、より適切な不妊治療を可能にするシステム構築を目指しています。
【ベストグロース賞】
位置情報×CRMによる社会課題解決の可能性
UPWARD株式会社 金木竜介氏
わが社は位置情報とCRMを組み合わせたソリューションを開発し、営業支援ツールとして国内300社以上の導入実績があります。大手のペイメントサービス拡大の営業支援で利用いただくなど、その有用性は広く認識いただいています。今回の提案は、この位置情報×CRMの利用を、DXが遅れているパブリックセクターで広めるものです。
CRMは単なる顧客情報ではなく、関係性やそれに付帯するすべての情報を扱うものです。この仕組みをパブリックセクターに持ち込めれば、行政等の業務効率化に繋がると考えています。その一例が、令和2年熊本豪雨での罹災証明発行です。従来、罹災証明の申請から調査、発行はすべて紙によるものでしたが、UPWARDによる位置情報とCRMの導入により、熊本地震時よりも20%近い効率アップを達成することができました。 公共分野には罹災証明書のほかにも施設・インフラ管理、医療福祉、空き家対策など、位置情報×CRMが有効と考えられる多くの分野領域が手つかずのまま残されています。今回のBAPにエントリーした理由は、三菱総研が公共・行政と強い関係を有するからです。BAPをきっかけに三菱総研との協業の道を探り、意思決定を行う行政の上流工程に近づき、行政DX、イノベーションのラストワンマイルを革新したいと考えています。
【オーディエンス賞】
AIによるパーソナライズド転倒予防訓練の自動提案アプリ
UNTRACKED株式会社 島圭介氏
私たちは、転倒リスクを筋骨格系だけでなく感覚系からも計測する「StA2BLE(ステイブル)」を開発、提供しています。転倒は、筋骨格系の能力の低下だけでなく、視覚、体性感覚など感覚系の低下も原因になっていますが、これまでは感覚系の測定をすることができませんでした。StA2BLEは、指先に触っている感覚があると立位が安定する「ライトタッチ現象」を利用し、簡単なデバイスで立位の安定度、感覚系の能力を評価することを可能にしたものです。この評価を「立位年齢」と呼び、転倒リスク評価の指標のひとつとして提唱しています。
また、この計測結果を踏まえた運動療法・理学療法による介入は、立位年齢の回復につながるため、立位年齢の測定とAIによる解析によって、個人に最適化された療法を提示するソリューションを開発中です。このような測定データを集積することで、保険会社等に向けたデータビジネス展開の可能性も視野に入れています。 StA2BLEは、介護施設や病院での利用も見込まれますが、現在は、労働年齢の高齢化が問題になっている建設等、労働現場への対応を急いでいます。国内の労働現場の市場は約7,200億円。デバイスの販売・レンタルなどのハードビジネスを皮切りに、今後10年でSaaS、データビジネスまで展開したいと考えています。
【ファイナリスト】
「AI目的地レコメンドによる観光地回遊性向上と地域消費額拡大」
株式会社New Ordinary 作井孝至氏
私共が提供する「NO SPOT」は、目的地と移動手段の同時最適化を実現するソリューションです。ユーザーの嗜好・行動をAIが学習し、パーソナライズされた目的地を勧めると同時に、最適化された交通手段も提示します。設定した目的地に対し、より適切な、別の目的地を提示する機能も実装しました。また、広域マップだけでなく商業施設内でも機能します。主に想定している利用シーンは旅中です。旅先での思わぬ空き時間や、特に目的地を定めずに旅行する今どきの旅行者が主なターゲットです。
NO SPOTを開発した背景には、コロナ禍による観光産業の縮小、交通機関の利用量低下などの課題があります。リアルな人の移動を支援、活性化することが社会の活性化につながります。現在までに、自治体、観光協会、交通事業者などと実証実験に取り組んでおり、観光地での回遊性向上や交通機関の利用率向上、消費の向上などの効果が認められています。 今後、NO SPOTの機能をパッケージ・API化し、MaaS事業者やサービス事業者との連携を目指しています。移動データの解析など、データビジネスの可能性も検討中です。国内のMaaS市場規模は約8,400億円、うちAPI市場が約1,800億円。API市場は2026年までに3,500億円を超えると見ています。将来的にはMaaSが盛んな東南アジアから海外展開も検討していきます。
「共助型オンラインコミュニティを活用した分散型社会の実現」
株式会社テイラーワークス 難波弘匡氏
わが社は、オンラインコミュニティのプラットフォーム「Tailor Works」を提供しています。これはコミュニケーションツールとコミュニティツール双方の長所を持ち、お互いの短所を補完しています。すなわち、形成されたコミュニティは自律的に活性化し、社会価値を創出するエコシステムとして機能するものです。コミュニティ内ではコミュニケーションを活性化し、共創を促す仕掛けや、データ・情報のストック機能などがあり、参加するステークホルダーの間で、セレンディピティが起こる土壌を形成しています。
さらに目指すのは、「信用経済」の形成です。コミュニティ内での個人の活動を可視化し、トークンによって評価する仕組みを構築しており、共創活動に対するインセンティブを付与します。中長期的には、これをベースにした信用経済の社会実装を目指しています。
これまでに自治体、金融、インフラ事業者などでの導入事例があり、多様なステークホルダー間でのIP創出や、プロジェクトの創発などの成果が上がっています。 三菱総研、ICFとの協業として、ICF、MRIが主催・支援するコミュニティへのTailor Worksの導入を希望しています。
【講評】
小宮山 宏(審査員長 株式会社三菱総合研究所 理事長)
いずれのプレゼンも重要な社会課題の解決を目指した内容であり、大変興味深く伺いました。特に不妊治療、探究学習は、現代の日本において取り組む必要性が高まっている課題に着目したテーマ設定であり、印象的でした。また、テイラーワークスの提案は、私が取り組んできたプラチナ構想ネットワークと通ずる点が多くあります。現代社会では意識的に組成しなければコミュニティが成立しない時代です。一方で組織は異なっても、あるいは空間的に遠くてもコミュニティに参画できる時代でもあります。そこにデジタル・ツールを提供することは素晴らしいことです。今回は7社すべてから三菱総研との協業を希望いただいています。ぜひ協力して、皆さんと共に活動してまいりたいと強く思っています。
リチャード・ダッシャー氏(スタンフォード大学 米国・アジア技術経営研究センター所長)
今回3年ぶりにリアル会場で審査に参加することができ、非常に嬉しく思います(昨年はオンライン参加)。今年の応募企業は、既に実績を上げている会社が多く、提案ビジネスのレベルが上がっていると感じました。特にUPWARD、New Ordinaryの2社に関しては、どちらも新しいデータの活用方法を提案しており、これからの社会変革に応じた新しい価値を創造することは確実だと認識しています。パンデミック後というタイムリーな提案内容だった点も特徴的でした。
椙山 泰生氏(京都大学名誉教授・椙山女子学園大学 現代マネジメント学部教授)
ファイナリスト7社の提案はいずれも高いレベルであり、審査も僅差でした。各審査員の目線によって重視するポイントは異なりますので、受賞された方と受賞出来なかった方も大きな差はありませんでした。その中で、安斉管鉄は、まだエビデンスを揃えていく必要性はありますが、扱う課題の大きさ、成功したときのインパクトの大きさに、非常に可能性を感じました。またStudy Valleyは、高校の先生方が本当に使いやすいものになっているのか等、いくつか課題が残されていますが、ぜひ一緒に今後の取り組みを考えたいと思える提案内容でした。
校條(めんじょう)浩氏(NSV Wolf Capital マネージング・パートナー)
7社の皆さんすべてが素晴らしいビジネスチームで感動しました。しかし、それはプレゼンを最後まで聞かないと分かりませんでした。シリコン・バレーでの経験に基づけば、提案するビジネスの魅力と中身を簡潔に、しっかり伝え、投資家から資金を引き出せるようなプレゼンに仕上げられるとよいと思います。この点を改善できれば、どの提案も内容自体はしっかりできているため、資金調達も可能となり、事業成長が進むものと考えます。なお、投資家視点で見た場合、UNTRACKEDの転倒防止ソリューションは事業化に必要な要素が整っていると評価できました。ninpathの不妊治療に関する提案も、社会的な意義が大きい取り組みとして注目しています。
本件に関するお問い合わせ
三菱総合研究所 未来共創イニシアティブ 担当:加藤、水田、亀井、中村、遠山
E-mail:icf-inq@ml.mri.co.jp