三菱総合研究所が運営する、「未来共創イニシアティブ(ICF)」では、ビジネスによる社会課題解決を目指し、大企業やスタートアップ等、様々なステークホルダー同士のオープンイノベーションを推進しています。今年度は、従来の社会課題起点の取組に加えて、テクノロジーでどのような社会課題解決ができるかという、技術起点の取組にも注力しています。
2025年7月、その技術起点の取組の一環として、2025年国際博覧会(大阪・関西万博、以降「万博」と呼ぶ)を視察しました。未来技術の展示場ともいえる万博では、様々な技術が発表されていましたが、その中でも、特にデジタル空間に限らずリアル空間まで直接働きかける技術―本記事では“リアル”テクノロジーと呼びますーが印象的でした。
2回におよぶ本連載では、そのリアルテクノロジーの紹介と万博で展示する効果、そしてリアルテクノロジーが創造する未来社会を描きます。
Story1 “リアル”テクノロジーとは
これまで人々は、テクノロジーを活用することで自身の能力を拡張し、可能性を広げてきました。特に近年は、AI(人工知能)の飛躍的な発展が目覚ましく、その進化によって私たちの思考力や創造力が一段と拡大しているといえます。しかし、AIのようなデジタル空間でのテクノロジーの革新が進む一方、リアル空間に働きかけるテクノロジーの実装には遅れを感じます。
そのリアル空間のテクノロジーを象徴する存在が「ロボット」です。そのロボットは、長年、「工場の作業員の仕事を取って代わる」と言われ続けてきましたが、ロボット技術の社会実装は予想ほど劇的ではなく、結果として製造業等の労働力不足という社会課題は未解決のままです1。
また、デジタル空間のテクノロジーが先行しすぎると、私たちはその空間に過度に依存するリスクを抱えることになります。AIへの依存がその代表的な例です。このような課題を踏まえ、デジタル空間とリアル空間の社会実装をバランスよく推進することが重要ではないでしょうか。
本記事では、デジタル空間に限らずリアル空間まで働きかけるテクノロジー――本記事では“リアル”テクノロジーと呼びます――に注目し、そのリアルテクノロジーによって人間が能力を拡張する可能性と効果について考察します。
Story2 リアルテクノロジーで運動能力を拡張する
上述の通り、ロボットの社会実装は道半ばですが、技術の進歩は着実に進んでいます。そのロボットで、まず見学することになったのは、川崎重工株式会社の四足歩行ロボット「CORLEO(コルレオ)2」です。
CORLEOは、未来の都市パビリオン に展示されており、人がまたがって操る、オフロード用四足歩行ロボットです。後ろ脚等にはバイク由来の衝撃吸収装備を備え、前脚と独立して上下することで段差の衝撃をいなします。体重移動で進行や姿勢を制御でき、左右分割の「ひづめ」が岩場等でのグリップを高めます。後脚に貯めた水素を使って前脚の水素エンジンで発電し、各脚の駆動に使います。従来のバイクでは難易度が高い山道の移動が誰でも可能になり、まさに人間の移動能力を拡張する技術といえます。
実際に見てみると、バイクをベースにしたデザインに、脚関節やひづめ形状の滑り止めが組み込まれており、「これなら山道でも安定して走りそう」と感じさせる仕上がりでした。一度試してみたくなる魅力があります。
また未来づくりロボットWeek4が開催されていたWASSEでは、工場等で使われる産業用ロボットとして、ファナック株式会社のゲンコツ・ロボット5が展示されていました。超高速で、微小な物体を映像で識別し、操作する姿が展示されていました。人間では不可能と思われる速さで動いており、まさに操作能力を拡張する技術と考えられます。
Story3 リアルテクノロジーで時空を超える
リアルテクノロジーは、ロボットに限られるものではありません。ロボットとは異なるベクトルから人間の能力を拡張し、時間や空間の制約を超えることを可能にします。その象徴的な事例の一つが、NTTパビリオン6における次世代情報通信基盤「IOWN」の展示です。同パビリオンでは空間全体をつなぎ、感覚や空気感までも共有できる未来のコミュニケーションを提示しました。まさに「時空を旅するパビリオン」です。
通信技術の進化を考え、IOWNによる3D空間伝送で時空を超える体験をし、最後に自らの化身と出会うことで未来の可能性を考える構成となっています。特に3つあるZoneのうちZone2では、LiDAR7センサや光学カメラを用いて人の動きを3D点群データとして取得し、リアルタイムで京橋本社に伝送、そして本社のコンピューターで処理した結果を3D映像としてパビリオンで表出。加えて振動データを位置情報とともに伝える。この一連の流れをIOWNの通信速度で行うことにより、遠隔地でも隣にいるかのように気配や空気を感じられる体験を提供しています。これは視覚・聴覚・触覚を拡張する、新たな感覚共有の試みといえます。
通信技術は既に社会に大きな恩恵をもたらしていますが、IOWNが実現する「時空を超えた感覚の共有」は、従来とは異なる新しいコミュニケーションの可能性を示しています。AIとの融合を含め、IOWNは、社会を大きく変えるゲームチェンジャーとなるでしょう。
第2回のコラムでは、万博でこれらのリアルテクノロジーを展示する効果について考えます。
著者紹介

山田 賢杜

二川 和也

藤本 敦也
1 経済産業省「2025年版ものづくり白書(ものづくり基盤技術振興基本法第8条に基づく年次報告)」 https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2025/pdf/all.pdf 2025/9/2閲覧
2 川崎重工株式会社「大阪・関西万博で未来の新感覚オフロードパーソナルモビリティ「CORLEO」を披露」
https://www.khi.co.jp/news/detail/20250403_1.html 2025/9/2閲覧
3 大阪・関西万博「未来の都市」パビリオン
https://www.expo2025-futurecity.jp/ 2025/9/2閲覧
4 未来づくりロボットWEEK
https://www.fcrweek.com/ 2025/9/2閲覧
5 FANUC「ゲンコツロボット・パラレルリンクロボット(R-30iB Plus対応機種)」
https://www.fanuc.co.jp/ja/product/robot/f_r_genkotu2.html 2025/9/2閲覧
6 NTT株式会社「NTTパビリオン」
https://group.ntt/jp/expo2025/pavilion/ 2025/9/2閲覧
7 レーザー光を用いて対象物との距離や形状を計測する技術
本コラムに関するお問い合わせ
三菱総合研究所 未来共創イニシアティブ推進オフィス 担当:山田
E-mail: icf-inq@ml.mri.co.jp