2017年12月8日、グローバルビジネスハブ東京(東京都千代田区)にて、「INCFビジネスアイデアコンテスト2017 第2弾 最終審査会」を開催しました。
今回は「モビリティ」「防災」「教育・人財育成」の3つをテーマとし、それぞれ設けたサブテーマ(※)計8領域において、これらを解決する革新的な技術やビジネスモデルを活用したアイデアを幅広く募集しました。
※サブテーマ
モビリティ:「道路・交通の渋滞が解消しない」「買物難民・交通弱者が増加」「国内の物流非効率が顕在化」
防災 :「災害発生時に迅速な避難ができない」「災害発生後のライフライン確保が弱い」
教育・人財育成:「教育における地域間格差」「社会人再教育の機会が不足」「教員の長時間労働の悪化」
当日のコンテストでは、応募総数122件のなかから2段階の審査を経て選出されたファイナリスト8チームが最終プレゼンテーションを実施(モビリティ1、防災2、教育・人財育成5)。INCFの取り組みにご賛同いただいている国内外の有識者・専門家6名による厳正な審査の結果、最優秀賞、三菱総研賞、特別賞を決定しました。なお、特別賞は当初1つの予定でしたが、技術提案やコンテンツの面白さに甲乙つけがたく、2件を選出いたしました。
受賞者・ファイナリストおよび審査員は以下の通りです。
審査員
審査委員長 小宮山 宏 | 株式会社三菱総合研究所 理事長 |
リチャード・ダッシャー氏 | スタンフォード大学 米国・アジア技術マネジメントセンター 所長 |
稲蔭 正彦氏 | 慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 委員長 兼 教授 |
鎌田 富久氏 | TomyK Ltd. 代表(株式会社ACCESS 共同創業者) |
椙山 泰生氏 | 京都大学 経営管理大学院 教授 |
宮城 治男氏 | NPO法人 ETIC. 代表理事 |
最優秀賞
『ロボット&AIでエネルギーインフラの災害を防ぐ』(防災) 知能技術株式会社
製油所、発電所などのエネルギーインフラの老朽化と事故の増加は年々深刻さを増しており、この10年で事故・災害は2.2倍に増加しています。生活への影響だけでなく、サプライチェーンの一部となっているために製造業へ与える経済的損失も莫大。日本のエネルギーインフラの約80%が築40年を超えていますが、その性質上、停止しての点検が困難で、人の目視による属人的な対応が続いており、科学的且つ精密な検査技術の開発が喫緊の課題となっています。
同社が開発したのは非接触・遠隔の熱画像から数理的に損傷部分を検出する技術で、足場を含む特殊な設備も不要という利便性にも優れたもの。また、データを蓄積しAIを導入することで、事故予測・保守メンテナンスの効率化を図ることも可能。現時点では事故原因の8割を占める鋼製配管を対象としていますが、今後コンクリートも含め適用範囲を拡大していきたいとしています。
三菱総研賞
『セキュリティリテラシーをエージェントに教えることで学ぶSecTA』(教育・人財育成) 北村拓也(広島大学大学院 工学研究科情報工学専攻学習工学研究室)
情報化社会の高度化に伴い、クラッキンッグなどネット世界の脅威も増大しており、現在では10秒に1回、誰かがなんらかのアタックを受けていると言われています。その一方で日本の89.5%もの企業ではセキュリティ担当の人材が不足しているうえ、セキュリティリテラシー向上の施策もできていない現状があります。
北村氏は、大学院で研究している学習工学分野の知見を利用した効率的な学習システムでセキュリティリテラシー向上に特化したソフト『SecTA』を開発、BtoBで企業へ提供しようとしています。特徴は「エージェントに教えることで学ぶ」“Teachable Agent”という手法と、学習に適した形に情報構造を整理する「概念マップ」を取り入れている点。前者はゲーム上のエージェントに「ユーザーが教える」育成ゲーム的なもので、社内でエージェントを対決させるコンテストを行うなど、育成型ゲームのように楽しく遊びながらセキュリティについて学べるものとなっています。
特別賞
『IQCOPY:プロのIQを自分にCOPYできる思考回路VR』(教育・人財育成) 株式会社テンアップ
AIやロボットが社会に普及すると人間の労働の大部分が置換されると言われています。テンアップはAIやロボットには置き換えられないクリエイティブ人材を育成するため、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)で学ぶコンテンツを開発。これを「憑依型教育」と呼んでいます。
憑依型教育とは思考や発想法をその人になって追体験的に学ぶ教育手法のこと。例えば江戸時代14代将軍の徳川家茂は「五品江戸廻送令」を発布しましたが、従来の教育ではその五品を丸暗記するだけです。一方、憑依型教育では当時の状況をHMDで現出させ、家茂の思考プロセスをトレースします。これによって思考回路自体を学ぶという、クリエイティブな学びが可能になるとしています。現在は、施設運営事業として行う“塾”において、一部のコンテンツを使った教育を実施しており成果を上げています。今後さらにコンテンツ制作に注力していくとしています。
『笑える! 政治教育ショー』(教育・人財育成) 株式会社笑下村塾
投票権の18歳引き下げが行われたとはいえ、依然として政治への関心が薄い若年層。若者が本気で社会課題を考え、取り組み、民主主義を底上げしようとするのが、笑下村塾の「政治教育ショー」です。
お笑い芸人が政治を面白く分かりやすく伝え、一緒に問題を考えていく出張授業を全国で展開。お笑い芸人でもあるたかまつなな氏自身がこの授業を実施しており、2016年は5,000人に、2017年は1万人を越えようとしています。対象は小学生から大人まで。派遣される芸人のランクに応じて料金は変わりますが、学生を誘致したい大学と提携し、高校側は負担ゼロとするビジネスモデルも開発しています。現在は賛同するお笑い芸人を増やすとともに、SDGs(※)を扱うなど、コンテンツの拡充や、旅行代理店と国会ツアーを企画するなどメニューの増加にも努めています。
※「Sustainable Development Goals」2015年9月の国連サミットで採択された、持続可能な開発目標。
ファイナリスト
『集配支援サービス「ニナウ」を利用した配送プラットフォーム事業』(モビリティ) 株式会社KITOHA
現在年間30億個と言われる宅配便は来年には45億個を超え、将来的には倍の90億個に達すると言われています。その一方で労働力不足、再配達問題等の課題があり、現状のままでは破綻すると言われています。同社が開発した集配支援サービス『ニナウ』は、スマホで利用可能な配送オペレーション管理システムで、ここに地図データ、AIを組み込むことで異業種でも参画可能な、配送のラストワンマイルをシェアするプラットフォーム事業を構想しています。
地図データとビッグデータを蓄積し、AIが配送ルートの最適化を行うとともに在宅傾向を割り出し、再配達を未然に防止します。ニナウを使えば経験のない人でもプロ並の配送が可能になるというシステムで、新聞の配達店舗網と提携を決めています。
『「成層圏UAVプラットフォーム」による災害観測サービス』(防災) 株式会社スペースエンターテインメントラボラトリー
成層圏(地表から8~50kmの高度)に常時滞空するUAV(無人航空機)で、災害時の迅速な地表観測を行う災害時監視網を構築しようという試みです。およそ20km上空の成層圏は気候に左右されず、安定した観測が可能で、ドローンよりも広範囲をカバーするうえ、静止衛星よりも高い分解能を持ち、災害時観測には最適とされています。
太陽光電池を搭載するために理論上半永久的に飛行し続けることも可能。発災から1時間以内に観測できる体制を日本全土で構築するためには数十機が必要です。ビジネス的には、災害時稼働は無償とし、災害時以外は農業・漁業、建築や環境など多彩な観測をすることで収益化することを検討しています。現在対流圏で10時間滞空する試験機を開発中です。
『コミュニケーションを通じて子どもが「学びを楽しむ」オンライン教育サービス』(教育・人財育成) 株式会社LEARNie
離島などの地理的要因や、共働きで送り迎えができない等の理由により塾通いができない層をターゲットにしたオンライン教育サービス。一方通行の視聴によるe-learningではなく、講師・学習仲間とのコミュニケーションに比重を置いています。軸となるのはオンラインのグループレッスン、アダプティブラーニング、動画コミュニケーション。コミュニティ型教育にすることで、学ぶためのモチベーションを維持し続けることが可能です。
現在は子ども向けの英語教育で提供を開始しており、自治体での実証実験も予定しています。また、今後はメニューの増加、対象の拡大とともに、学習状況のデータをフィードバックし、学習の効率化をプログラム化する事業も立ち上げる予定です。
『入社後のミスマッチをなくす学生向け専門スキル教育のプラットフォーム』(教育・人財育成) TRUNK株式会社
現在、新卒入社後の3年以内の離職率は32%に上るとされています。「やりたい仕事ではなかった」というミスマッチによるものですが、これを解決するのが、同社の学生向け専門スキル教育プラットフォームです。
現在は主にエンジニア、デザイナーに必要なプログラミング、ソフトの操作法などを学ぶカリキュラムが中心で、スキルを身につけた学生はアドバンスコースとして、実際に企業でインターンとして仕事を体験する仕組みになっています。企業側は毎月固定額を支払い、学生を何名でも採用できる仕組みで、学生側は無償。このため、「収入格差による教育の不均衡」という社会課題の解決にもつながるとしており、今後さらに参画企業、学生を増やしていきたいとしています。
審査員コメント
小宮山 宏
今回も大変な激論となり、審査に時間がかかりました。エネルギーインフラは、きちんとメンテナンスしようとすると、毎年100兆円かかるという説もあります。そんな高額費用では誰も実施できませんが、その市場で生産性を3倍にするだけでも30兆円の規模があることになるわけです。これはまさにイノベーションが必要な分野であり、その一部をINCFでも担えればという期待を込めて、知能技術株式会社が最優秀賞となりました。大変可能性のある技術で、今後どこまで展開できるか、大いに期待したいと思います。
リチャード・ダッシャー氏
これからの時代はアクティブ・ラーニングに代表されるように、主体的・積極的に学ぶことのできる教育のあり方が求められます。特別賞を受賞した2社は異なった視点からではありましたが、両方とも学習者の積極的な参加によって教育の効率化を目指し、今後に大いに期待できるものでした。
私個人としても3回目の審査となりますが、毎回レベルアップしていることを実感しています。今回の8つのアイデアは、どれも現実性があり、明るい将来を目指す、未来の日本にとって象徴的な、意味のあるコンテストになったのではないでしょうか。今後もこのコンテストに活発なアイデアが出ることに期待しています。
稲蔭 正彦氏
ストーリーテリングを専門とする人間としては、今日のピッチは今までになく、どれもエンターテイニングでとても惹きつけられました。その中で、特に笑いをたくさん取れたものに対して、ぜひリアルなビジネスを広げてほしいという思いから特別賞の授与となったのだと思います。ストーリーテリングとビジネスの観点では、まず夢が必要で、それをユニークなコンセプトにどう落とし込み、リアルに展開し、どうやってスケールするか、という4点がポイントになります。今回の受賞者は、その4つのバランスが良かったのだと思います。今日はみなさんと楽しい時間が一緒に過ごすことができました。ありがとうございました。
鎌田 富久氏
今日受賞しなかったみなさん、まったく気にする必要はありません。122件の中から選ばれたみなさんは、いずれも高いレベルにあって、今日受賞したのはたまたまこれが評価を受けたというにすぎないと思います。スタートアップ、ベンチャーで重要なのは、言うまでもなくスピードです。早くやって、早く失敗する。そしてまた試みる。そのサイクルをどんどん回して、新しいステージを目指してください。
椙山 泰生氏
教育現場に関わる人間として、教育ベンチャーがやろうとしていることは面白いと感じる一方で、既存の教育機関側がまだまだ十分な取り組みができていないと叱咤されたような気がします。一方で、やや見る目も厳しくなるところがあったのも事実で、いくつか引掛かる点もありました。今回特別賞を受賞した教育系のベンチャー2社は、オリジナリティの高さが評価の決め手になったと思います。しかし、8社とも実に面白いアイデアで、とても楽しませてもらいました。
宮城 治男氏
笑下村塾が、既存のビジネスのロジックにとらわれず、動きながら展開戦略を進化させているスタイルが興味深く思いました。一見荒唐無稽に思えるようなアイデアも、具体化し実行することでコンセプトがより明確になり、社会へのインパクトが加速していくといえます。最近は社会課題にフォーカスするビジネスが増えています。こういうビジネスは走りだすとビジネスの枠を越えて大きくなる可能性があるものです。短期的なビジネスとしての成功だけを狙って小さくまとまるのはもったいない。みなさんも、無理かもしれないけど応援したくなるような、社会に対する大きな目標を掲げてアクションを起こしてほしい。それが、多くの人を巻き込み、大きな力になると思います。