株式会社三菱総合研究所

その他December 01, 2022CCRCの逆襲(民間編)~誤解や先入観を覆し首都圏で民間主導型CCRCが進展~

三菱総合研究所 主席研究員 松田智生

(注)旧プラチナ社会研究会サイトにて2021年3月に発信した記事を再掲しています。

  • 注目を集めた日本版CCRCは「高齢者の地方移住」や「姥捨て山」の批判を受けた。
  • その理由は、首都圏の高齢化問題を地方移住で解決しようと思われたことによる。
  • しかし実際は近年、首都圏を中心に民間主導型CCRCが進展している。
  • CCRCの本質は、高齢者のQOL向上、新たなライフスタイルであり、今後のCCRCの普及には民間主導型CCRCの牽引力が期待される。

1.なぜ日本版CCRCは批判されるのか?

CCRC: Continuing Care Retirement Community は、継続的なケアが提供される高齢者の共同体であり、全米で約2,000カ所、約70万人が居住、約4 兆円の市場を持つ1。2010年に筆者が初めて米国のCCRCで高齢者の生き生きした暮らしを見て、高齢者の新たなライフスタイルとしてCCRCの有望性を提唱してきた。2014年に三菱総合研究所でCCRCの研究会を設置2、2015年に日本版 CCRCとしての政策提言を発表したが、その理念を「健康で元気で輝き続けるコミュニティ実現」と称したように、CCRCとは高齢者のQOL(Quality of Life)向上であり、新たなライフスタイルが提言の軸であった3

しかしその後、CCRCは地方創生を軸に政策化していくことになる。2015年に政府で日本版CCRC構想有識者会議が発足、筆者も委員として参画した。地方創生の主要施策となり、有識者会議の最終報告で「生涯活躍のまち構想」として示された意義は、①高齢者の希望の実現、②地方へのひとの流れの推進、③東京圏の高齢化問題であったが4。対外的には、①よりも、②や③という面がクローズアップされ、高齢者の地方移住という先入観につながった。ゆえに日本版CCRCは「首都圏の介護問題を高齢者の地方移住で解決」という誤解や先入観を持たれ、「地方に姥捨て山を作るのか」という批判を受けることが多くなった。

そこで国の政策では筆者も加わり2019年から大幅な方針転換がなされ、高齢者の地方移住から、元々の地域住民の視点、高齢者だけでなく多世代の視点が加味され、2020年から始まった第2期の地方創生総合戦略では『全世代・全員活躍型「生涯活躍のまち」』と称されるようになった。この方針転換は全国の自治体の支持を受けており、2015年に推進意向を示した自治体は202だったが、2020年は421に倍増している5

2.実は進展しているCCRC

行政主導型のCCRCについては上述したように高齢者の地方移住から、地域住民のための多世代コミュニティづくりに方針転換が進んでいるが、この地方創生政策の動きとは一線を画して、実は企業が首都圏で展開する民間主導型CCRCが着実に進展している。これは高齢者のQOL(Quality of Life:生活の質向上)や新たなライフスタイルを主眼とする民間主導型CCRCと位置付けられる(表1)。ここでは近年の首都圏における民間主導型CCRCの状況を見ていきたい。

行政主導型CCRC民間主導型CCRC
地方重視首都圏重視
地方創生政策QOL向上、新たなライフスタイル
表1 行政主導型CCRCと民間主導型CCRCの対比

例えば、民間主導型CCRCの先駆けとして知られる千葉県のスマートコミュニティ稲毛の居住者は2016年には660人、2021年現在では約900名で近々1千人になる見込みである。現在の居住者の平均年齢は75歳、94%は健常者であり、要支援3%、要介護は3%に過ぎない。敷地に入るとスポーツや音楽や麻雀サークル等まるで大学のキャンパスのようなアクティブな雰囲気である。居住者のなかには「首都圏に住む孫に会いたいから」、「冬の雪かきが重荷になったから」と地方から首都圏に移住した層もいる。つまり日本版CCRCの先入観の「地方移住ありき」ではないことが分かる。

株式会社フージャースケアデザインは「デュオセーヌ」ブランドで、首都圏で分譲型シニアマンションを展開、2015年につくばみらい(150戸)、2017年柏の葉キャンパス(266戸)、2018年千葉ちはら台駅前(204戸)、2019年豊田(118戸)、国立(228戸)、2020年相模原上溝駅前(233戸)、2021年横濱東戸塚(186戸)、船橋高根台(207戸)、大宮(266戸)と同社の全施設数は9棟、1,858戸(工事中含む)と成長している。

また株式会社ハーフセンチュリーモアは「サンシティ」ブランドで、全国17か所でCCRCを運営している。2015年以降の開業は、2015年サンシティみなとみらいEAST(228戸)、2017年サンシティタワー神戸(483戸)、2018年サンシティ立川昭和記念公園(501戸)であり、ハイエンドな大規模施設が特徴である。

さらに大手デベロッパーとして三井不動産グループも「お一人おひとりの、自由で豊かな暮らしを支える“シニアのためのサービスレジデンス”」を掲げCCRC事業に参入、2019年に東京都杉並区で「パークウェルステイト浜田山」(70戸)を開業、さらに2021年には千葉県鴨川市で「パークウェルステイト鴨川」(473戸)を開業予定である。

そして野村不動産グループは、「人生を謳歌する住まい。今日より健康な明日を」を掲げ、「オウカス」ブランドで、2020年に幕張ベイパーク(141戸)、吉祥寺(116戸)、船橋(125戸)、2021年には日吉(120戸)、2022年には志木(145戸)を開業予定である。

3.CCRCの逆襲

このように首都圏を中心に民間主導型CCRCが拡大していることが分かる。さらに規模で見ると自治体主導型のCCRCが数十戸レベルであるのに対して100戸を超える施設がほとんどであり、なかには400戸を超える大型施設もある。

各施設が掲げるミッションや理念を見ると(表2)、「もっと楽しく、もっと自由に」、「自分らしい時間」、「今まで以上に輝いて暮らせる」、「自由で豊かな暮らしを支える」、「人生を謳歌する」というように、高齢者のありたい自分、自己実現が訴求されている。これまでの老人ホームに住み替える主な動機であった「介護が不安だから」や「誰かに迷惑をかけたくないから」とは全く異なるポジティブさを感じる。そして主語は「東京の介護が」でもなく「地方の活性化が」でもなく、居住者が主語になっている。

筆者が2010年からCCRCの有望性を提唱してきたのは、従来の老人ホームのイメージを払拭した「シニア世代の新たなライフスタイルの創出」であり、これら民間主導の各施設の理念と一致する。

CCRCの本質は、都市や地方の立地の議論よりも、高齢者のカラダの安心(健康・介護支援)、オカネの安心(生活・介護コスト)、ココロの安心(生きがい・つながり)の3つであり、この3つの安心が充足されたコミュニティづくりに反対する人はいないはずである。日本版CCRCへの誤解や先入観を覆し、民間主導型CCRCが首都圏で着実に進展しており、今後のCCRCの普及にはその牽引力が期待される。これまでCCRCを批判してきた人々は、この民間主導型CCRCの拡大には何と答えるだろうか。

まさに今、「CCRCの逆襲」が始まっているのだ。

場所名称事業主体掲げるミッション形態
千葉県
千葉市
スマートコミュニティ稲毛(株)スマートコミュニティもっと楽しく、もっと自由に
健康寿命を延ばす
分譲
神奈川県
相模原市 
デュオセーヌ相模原上溝駅前(株)フージャースケアデザイン健康寿命を延ばし、自分らしい時間を謳歌する分譲
東京都
立川市
サンシティ立川昭和記念公園(株)ハーフセンチュリーモア今まで以上に輝いて暮らせる人生を利用権
東京都
杉並区
パークウェルステイト浜田山三井不動産レジデンシャルウェルネス(株)お一人おひとりの、自由で豊かな暮らしを支えるサ高住
千葉県
船橋市
オウカス船橋野村不動産ウェルネス(株)人生を謳歌する住まい
今日より健康な明日を
サ高住
表2 主な首都圏立地の民間主導型CCRC
(出典 各社ホームページから筆者作成)

1 日本版CCRC構想有識者会議 資料2「日本版CCRC構想を巡る状況」内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局(2015)p.8.及びThe U.S. Continuing Care Retirement Communities Industry (2020) Anything Research
2 サステナブル・プラチナ・コミュニティ政策研究会(2014) プラチナ社会研究会
3 サステナブル・プラチナ・コミュニティ(日本版 CCRC)政策提言(2015)三菱総合研究所
4 生涯活躍のまち最終報告(2018)内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局 p.1-2.
5 令和2年度 「生涯活躍のまち」に関する意向等調査結果(2021)内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局

  • Twitter
  • Facebook