三菱総合研究所 主席研究員 松田智生
CCRCの動向
2025年3月15日に石破首相が「CCRCの取り組みを強化したい」と発言したことを受けて、私は5月13日に開催された伊東・地方創生担当大臣主催の有識者会議に招致され1、「CCRC2.0で加速する地方創生2.0の未来」という報告を行った2。そして6月13日に閣議決定された『骨太の方針2025』(経済財政運営と改革の基本方針2025)において、「日本版CCRC2.0の全面展開」が明記され3、 さらに同日閣議決定された『地方創生2.0基本構想』では「小規模であっても年齢や障がいの有無を問わず様々な人々が集い、それぞれが持つ能力を希望に応じて発揮し、生きがいを持って暮らすことができる場として、小規模・地域共生ホーム型CCRCを3年後に全国で100 の展開を目指す」と明記された4。
CCRCの本質と政策変遷
本稿では誤解や先入観の多いCCRCについて、そもそもCCRCとは何か、日本における初期のCCRC1.0とは何か、そして今回提示されたCCRC2.0とは何かを明らかにしたい。
CCRCとは、Continuing Care Retirement Community (継続的なケアが提供される高齢者コミュニティ)の略称であり、全米で約2千か所、居住者約70万人、市場規模は約7兆円にものぼる。私は2010年に初めて米国のCCRCを訪問した時に、高齢者のQOL向上×新たなシニアビジネス×地域の活性化という個人・産業・地域の「三方よし」のモデルに注目し、以来CCRCの有望性を提言し続けている。
米国のCCRCは魅力的であるが、国民性や社会制度の異なる米国モデルではなく、日本の社会特性の合致したCCRCが必要として、2015年に弊社では「日本版CCRCの実現を目指す政策提言」を行った5。ここでは日本版CCRCの定義を「高齢者のQOL向上と多世代共創のコミュニティ」とした。そしてCCRCへの住み替えは、①自宅近くの「近隣転居型」、②中山間地から地方都市の「コンパクトシティ型」、③都市から地方の「地方移住型」、④自宅に住み続ける「継続居住型」と類型化して、日本版CCRCは「地方移住ありき」ではないとした。
また2017年に上梓した「日本版CCRCがわかる本」においても、人のライフスタイルが多様なようにCCRCの立地、価格、居住者像も多様であるとした。大切なのは主語であり、それは「地方が」「都市が」の主語ではなく、「私がワクワクする暮らし」のようなユーザー主語のストーリー性が日本版CCRCの普及には必要とした。
しかし日本におけるCCRCはQOL向上よりも地方創生政策として注目されたことから、「高齢者の地方移住」のイメージが強くなってしまった。2015年に政府で設置された「日本版CCRC構想有識者会議」に私は委員として参加したが、「生涯活躍のまち」という名称のもと「東京圏をはじめとする地域の高齢者が、希望に応じ地方やまちなかに移り住み、多世代と交流しながら、健康でアクティブな生活を送り、必要に応じて医療・介護を受けることができるような地域づくりを目指すもの」と定義された6。
この東京圏の高齢者の地方移住が「地方に姥捨て山」との批判を受けることになり、政策の見直しを迫られることになる。2018年に内閣官房に「生涯活躍のまちネクストステージ研究会」、2019年に「地方創生×全世代活躍まちづくり検討会」が設置され、いずれも私は委員参加し、その政策転換に注力した。2020年からの第2期地方創生総合戦略では、「全世代・全員活躍型の生涯活躍のまち」という名称に変わり、「対象を高齢者だけでなく全世代として、誰もが活躍する居場所と役割のあるコミュニティづくり」と定義された。そしてその機能として①活躍・しごと、②交流・居場所、③健康、④住まいの4つが示された7。
このように、日本版CCRCは「高齢者の地方移住」から「地元住民を基点にした多世代コミュニティづくり」と政策転換されたのである。
CCRC2.0とは
こうしたなかで、米国の模倣でもなく、従来型のCCRC(CCRC1.0)でもなく、各地の特徴やニーズや地域資源を活かした多世代型のコミュニティが近年では動き出している。今回それをCCRC2.0と称し、従来のRetirement(退職)に代わり、Relation(繋がり) を重視した「継続的な共助と繋がりのある多世代コミュニティ」、すなわちContinuing Care “Relation“ Communityと定義するものである(図1)。

CCRC2.0を構成するのは、若年層、子育て世代、高齢者の多世代であり、そして関係人口も二地域居住やロングステイにより担い手となり得る。超高齢社会と人口減少社会においては、CCRC2.0の持続可能性をいかに高めるかが重要であり、その持続性を下記に類型化した。
(1) 社会的持続性:多世代共助コミュニティが社会的に認知されること。
(2) 経済的持続性:公的資金に依存せずに自律的な経営がなされること。
(3) 医療介護的持続性:継続的な医療介護の支援と健康寿命支援がなされること。
(4) 人材的持続性:人口減少下でも地元住民と関係人口で人材が維持されること。
そして①米国のCCRCと②初期の地方創生政策としてのCCRC1.0と③今回提唱するCCRC2.0を目的、対象、拠点の視点からを比較したものが下記になる(表1)
類型 | 目的 | 対象 | 拠点 |
米国型CCRC | 継続的なケアよる高齢者のQOL向上 | 高齢者 原則富裕層 | 大規模集合住宅 |
CCRC1.0 | 高齢者の地方移住による地方創生 Retirement(退職)基点 | 高齢者 幅広い所得層 | サービス付き高齢者住宅 |
CCRC2.0 | 継続的なケアと繋がりのある 多世代コミュニティ Relation(繋がり)基点 | 地元住民 多世代 関係人口 | 地域交流拠点 “住まうありき”より “集うありき” |
CCRC2.0の好事例
では全国で動き出したCCRC2.0の萌芽にはどのような好事例があるだろうか?
5月の地方創生有識者会議で私が報告した事例は内閣官房のHPで公開されているが8、いずれも私自身が長く伴走している自治体や事業主体の取組みであり、下記にその推進主体と立地特性と特徴を示す。
◇もみの木(愛媛県宇和島市・行政主導型・地方型)
廃幼稚園を再生し、高齢者の介護予防と子ども放課後教室を行う多世代地域交流拠点。
関係人口として青年海外協力隊の人材を活用し担い手化としている。なお市役所の担当者は市長の理解のもとに約10年異動せずに業務を推進しているが、数年で異動する行政職員のなかで、この担当者の継続性が成功の鍵のひとつである。


出所:宇和島市高齢者福祉課
◇桜美林ガーデンヒルズ(東京都町田市・大学主導型・近郊型)
桜美林大学の事業会社が運営する多世代コミュニティ。高齢者・大学生・子育て世代が居住する。大学の福祉や芸術の授業が施設内で実施され、学生と高齢者が一緒に学ぶ。また老齢学の研究も行われ、施設内の介護予防運動には周辺の地域住民も参加することが可能である。大学にとっては教育、研究、ブランディング、地域貢献のメリットがある。

出所:桜美林ガーデンヒルズ 2025年6月26日閲覧
https://obirin-gardenhills.jp
◇生涯活躍のまち・つる(山梨県都留市・行政主導型・地方型)
都留市は約3万人の人口うち約3千人が学生という学都であるが、2016年から産官学で都留版CCRCの検討を重ねてきた。2019年に団地をリノベした低価格のサ高住を開設し、都留文科大学と連携した生涯学習を提供。さらに企業版ふるさと納税(人材派遣型)を活用し、地域の担い手となる企業人材を関係人口として活用している。

出所:都留市 2025年7月7日閲覧
https://www.city.tsuru.yamanashi.jp/soshiki/kikaku/seisaku_t/1_2/10375.html
◇ニコニコタウンきいれ(鹿児島県鹿児島市・医療法人主導型・地方型)
地元の医療法人「参天会」が主導し、Jリーグの鹿児島ユナイテッドFCと連携した街づくりを推進。Jリーグのサッカー選手がさつま芋や焼酎づくりに参加し地元住民と交流することで街づくりに貢献している。さらに引退した選手の雇用を地域の医療介護分野で受け入れていて、健康×スポーツ×医療介護による多世代共助コミュニティを形成している。


出所:医療法人 参天会
CCRC2.0の実現に向けて
ではCCRC2.0の目指す多世代共助コミュニティをどのように実現するか。それには中央官庁×自治体×事業主体×支援団体の総力戦であり、政策×制度設計×事業推進が必要であり、以下にそのアイディアを示したい。
(1)組合せ型政策
CCRC2.0は単一の地方創生政策だけではなく、生涯学習×医療介護×産業創造×移動交通等の「組合せ型政策」である。ゆえに中央省庁や自治体内での分野横断的な制度設計と連携が不可欠になってくる。地方創生2.0において省庁横断のCCRC2.0検討チームの設置が示されたのはその表れと言える。
(2)シ高住(しごと付き住宅)
サ高住とはサービス付き高齢者住宅の略称であるが、CCRC2.0では多世代が役割を持ち、そこに就労があることが必要だ。高齢者や障がい者、そしてひとり親世帯に対して、就労という雇用機会があれば、彼らは居場所と役割を持ち、その生きがいに繋がる。
(3)ポイント制度
CCRC2.0内での就労や生涯学習や共助の時間をポイント化する。それが50時間積み重ねれば、5万円の地域通貨になり、あるいは将来の介護サービスの時間に適用する仕組み。
(4)認証規格
居住者や集う人の安全性、そして事業主体の経営の安全性を示すために、CCRC2.0のソフト、ハード、財務、人材について一定の基準を満たす規格が必要である。これは基準に満たない「なんちゃってCCRC」の乱立を防ぐことになる。
(5)関係人口活用
人口が減少する日本では、地元住民だけではコミュニティの維持は困難であり、外部からの関係人口が二地域居住や担い手となりコミュニティの活性化に寄与することが必要だ。関係人口の課題は、一部の意識の高いスモールボリュームに留まっていることであり、これをマスボリューム化するためには、例えば企業連携を深めて、人的資本経営や越境学習のためにCCRC2.0に組織的・定期的に社員を派遣させる仕組み化である。企業版ふるさと納税の人材派遣型や地域活性化起業人等の既存制度は大いに活用可能である。
(6)私主語のストーリー性
「地方が」「老朽施設の利活用が」という主語ではなく、CCRCの本来の目的である個人のQOL向上を基点にした「私が求める暮らし方」というストーリー性を訴求することがCCRC2.0の魅力を高めることになる、この「私主語」に関しては石破首相に行った下記インタビューを参照頂きたい9。
CCRC2.0を課題解決モデルへ
現在、私はドイツやイタリアと高齢社会の共同研究を進めているが、彼らは世界で一番高齢化が進展した日本の動向に注目している。注目しているのは課題がもたらす悲惨な事例ではなく、いかに課題を解決したかという好事例である。ゆえに課題解決モデルを世界に示す絶好の機会が今なのである。
個人のQOLを高める多世代共助コミュニティを否定する人はいないはずだ。産官学の多様な関係者が一歩踏み出して具体的な行動に移せば、CCRC2.0は課題解決先進国・日本の切り札になるはずである。
- 新しい地方経済・生活環境創生会議(第8回)内閣官房 2025年6月26日閲覧 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/yusikishakaigi/dai8/gijisidai.html
- 松田智生報告資料 2025年6月26日閲覧
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/yusikishakaigi/dai8/shiryou2.pdf - 経済財政運営と改革の基本方針2025 内閣官房 p10 2025年6月26日閲覧
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2025/2025_basicpolicies_ja.pdf - 地方創生2.0基本構想 内閣官房 p44-45 2025年6月26日閲覧 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/pdf/20250613_honbun.pdf
- 日本版CCRCの実現を目指す政策提言を発表(2015)三菱総合研究所 2025年6月26日閲覧
https://www.mri.co.jp/news/press/20150128-01.html - 「生涯活躍のまち」構想(最終報告)日本版CCRC構想有識者会議(2107)内閣官房 2025年6月26日閲覧 https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/ccrc/h27-12-11-saisyu.pdf
- 地方創生×全世代活躍まちづくり検討会報告書(2019)内閣官房 2025年6月26日閲覧 https://www.chisou.go.jp/sousei/meeting/zensedai_machidukuri/r02-03-23-shiryou1.pdf
- 新しい地方経済・生活環境創生会議(第8回)2025年5月13日 松田委員提出資料 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_chihousousei/yusikishakaigi/dai8/shiryou2.pdf
- 私主語のCCRC2.0で実現する多世代の幸せ~石破茂総理インタビュ~ – 一般社団法人 生涯活躍のまち推進協議会 2025年7月7日閲覧
https://shougaikatsuyaku.town/news/%e7%a7%81%e4%b8%bb%e8%aa%9e%e3%81%aeccrc2-0%e3%81%a7%e5%ae%9f%e7%8f%be%e3%81%99%e3%82%8b%e5%a4%9a%e4%b8%96%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%b9%b8%e3%81%9b%ef%bd%9e%e7%9f%b3%e7%a0%b4%e8%8c%82%e7%b7%8f%e7%90%86/