株式会社ninpath 代表取締役 神田 大輔 氏
20~40代の夫婦の4組に1組が、不妊検査または不妊治療を受けた経験があるといわれています。不妊治療は、肉体的・精神的負担、そして時間的・経済的負担が非常に大きく、不妊治療中の女性の約1/3が、治療と仕事との両立ができずに退職するというデータもあります。不妊治療をしている方へ、データ管理や情報提供だけでなく、メンタル面でもサポートするアプリが「ninpath(ニンパス)」です。この「ninpath」を開発、提供している株式会社ninpathの代表取締役 神田大輔氏にお話を伺いました。
―株式会社ninpathについて教えてください。
株式会社ninpathでは、妊活・不妊治療の管理や記録、第三者の治療データとの比較ができるアプリ「ninpath」を提供しています。
―妊活・不妊治療に着目されたきっかけや経緯について、お聞かせください。
よく、「ご自身が不妊治療をされていたのですか?」と聞かれますが、実はそうではありません。自分自身は比較的若いうちに子どもを授かったため、職場で子どもの話題を出すなど、今考えれば無神経な発言で不妊治療中の方を傷つけてしまったこともあったと思います。
私が妊活・不妊の話題に初めて接したのは、大学院卒業後、スタートアップで働いていたときのことです。
全社で20人ほどのスタートアップで、自分たちのチームには5~6人のメンバーがいました。その小さなチームの中に2人も、不妊治療を経験している同僚がいたのです。
一緒に仕事をしていくなかで、不妊治療について話してくれたのですが、当時の私は不妊治療のことを何も知らなかったため、「そうなんだ」くらいしか言えませんでした。
ある日、「助成金の上限がきちゃうから、これ以上続けるのは難しいんだよね」という話をされたのですが、そのときも「そうなんだ」としか言えなくて……。
もう1人、不妊治療をしていた別の同僚は、私より結構年上の人で、「もう妊娠出産については断念して、養子縁組をしようと思っている」と話してくれました。養子を受けるにも条件がかなり厳しく、その人がどのような結果になったのかは分かりませんが、「すごく大変な思いをしている人がいるんだ」ということが、ずっと心に残っていました。
今思い返せば、これがきっかけです。
―なるほど。そのことが、起業につながったのですね。
いえ、実は、起業するまでにはまだステップがあるのです。
スタートアップに携わった後、医療プラットフォームを展開しているエムスリー株式会社で事業開発や開業医支援を行いました。
これから開業される医師の方と年間1000人以上お会いし、サポートをするという業務です。その際、先生方の経営観、患者さんやチームに対する想いを聞くのですが、それと保険診療と自由診療のギャップに、衝撃を受けてしまいました。
ここが、一番大きな転換点でしたね。
エムスリーを辞めた後、「自由診療の現状を変えていきたい」という思いと、「自分で事業を作りたい」という思いが合わさり、ヘルスケア領域での起業を考えるようになりました。このとき、かつての同僚が不妊治療で苦労していたことを思い出したのです。
不妊治療について調べたり、当事者の話をヒアリングしたりしていくうちに、自由診療の中でも、これほど課題が絡み合った領域はないということに気づきました。
我々ができるところからやっていこうと「ninpath」を開発し、会社を立ち上げました。
―不妊治療の大変さというのは、どのようなところにあるのでしょうか?
不妊治療中の方がよくおっしゃるのは、「先の見えない真っ暗なトンネルを手探りで進んでいるようだ」「どの治療法を選べばよいか分からない」ということ。
この「どうすればいいか分からない」を、私達はデータと専門家の力で解決しようとしています。
今、日本では、20~40代の夫婦の4組に1組が、不妊検査や治療を経験しています。しかし、この不妊治療は非常に負担が大きくて、平均的な通院期間は23ヶ月。2年近くも通院しなければならないのです。さらに、治療の内容やフェーズによっては、1週間に3日も4日も通院をしないといけなかったり、「明日も来てください」と、突然翌日の通院が決まることもあったりして、時間の調整が非常に難しい。
また、費用は、平均で130万円もかかると言われています。治療費だけでなく、サプリメントや漢方、鍼灸院など、体を整えるための二次的出費も大きく、治療費以上に費用がかかっているケースも少なくありません。
―それは大変ですね。精神的にも負担が大きそうです。
はい、そうです。不妊治療では、時間や金銭面だけでなく、精神的にも大きな負担がかかります。体外受精をしている女性の過半数が抑うつ症状になるというデータがあります。そして、抑うつ症状を抱えながら、約1/3の女性が、仕事との両立ができずに退職してしまうのです。
このように、肉体的な負担だけでなく、精神的にも、経済的にも、社会的にも、強い負担が強いられてしまっているのが現状です。
―なぜ、このような状況になっているのでしょうか?
不妊治療は、一人ひとり適している治療が違います。また、クリニックによって、できる治療も治療の進め方も違います。しかし、クリニックのほうから適切な治療を行える他院を紹介されることは、ほとんどありません。
不妊治療をされる約6割の方が最初に訪れるのは、不妊治療専門のクリニックではなく、一般的な産婦人科です。一般的な産婦人科では、受けられる検査も治療も、専門のクリニックとは違ってきます。
例えば、体外受精をしたほうがいいという患者さんにも、なかなか最初から「ここでは体外受精ができないので専門的なクリニックを紹介します」という提案はされません。とりあえず、そのクリニックでできる一通りの治療を行うことがほとんどです。
そのため、患者さん自身でクリニックを調べ、治療を調べ、自分の考えで選択する必要がでてきます。このような状況が2年も続き、「どうすればいいのか分からない」と行き詰まってしまうのです。
―そのような悩みを「ninpath」が解決するのですね。
はい。一人ひとりに合った選択はそもそも異なるという前提に立ち、それぞれが今どのような状況なのかを理解してもらうために、年齢、検査結果、現在行っている治療について、アプリの中で可視化しています。また、さまざまな治療法やクリニック実績、どのような属性の人がどの治療を選択しているのか、どのクリニックを選択しているのかについても可視化しています。
また、不妊治療の専門家による伴走サポートやオンラインカウンセリングも提供しています。
―カウンセリングを受けた方の反応は、いかがですか?
カウンセリングを受けた方にヒアリングすると、「最初は受けても何も変わらないだろうと思っていたけれど、実際に相談してみたらすごく変わりました」とおっしゃる方がほとんどですね。
次どうするべきか治療指針がすぐ決まること。あと、「指針を提案してもらえて心が楽になった」「ポジティブに取り組めるようになった」というメンタル面での負担の軽減を話してくださる方が多いです。
―今後の取り組みについて、教えてください。
ご利用後の満足度が非常に高く、「継続したい」という声もたくさんいただいています。ただ、経済的負担が大きいなか、費用面のハードルを感じる方が7割近くいらっしゃることも、また事実です。
「無料、あるいは補助があれば受けたい」という方にも使っていただけるよう、現在、企業や自治体に向けて提案を行っています。従業員のサポートや住民向けのサービスというかたちで、個人の費用負担を減らしていけるように、今後も取り組みを続けていきます。
―ninpathさんにご協力いただき、三菱総研の従業員を対象とした妊活・不妊治療の実態調査・セミナーを実施予定です。「子どもを望む人の意思決定に伴走し、安心して多様な選択肢が取れる社会」を実現するために、ICFとしても取り組んでいきたいと考えています。
社名:株式会社ninpath |
創立:2020年3月 |
主な事業内容:不妊治療等に関するインターネットサービス URL:https://ninpath.com |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。