特定非営利活動法人あなたのいばしょ 理事 事務局長 根岸 督和 氏
話したくても話せない、頼りたくても頼れない。そんな「望まない孤独」をなくすために活動する特定非営利活動法人「あなたのいばしょ」。24時間365日、誰でも無料・匿名で利用できるチャット相談窓口の提供を通じ、信頼できる人に確実にアクセスできる仕組みを創っています。生きづらさを感じる人が多い社会のなかで、24時間誰でも頼れる最後の砦を築く、同法人の理事 事務局長の根岸督和氏にお話を伺いました。
―このようなチャット相談窓口を立ち上げた背景について教えてください。
会社でいうと社長にあたる当法人の理事長は大空幸星(おおぞら・こうき)といい、昨年慶應大学を卒業した25歳です。彼自身が高校時代に自死を考えた経験があり、彼の場合はたまたま高校の先生の支えがあって救われましたが、「これが偶然であってはいけない、誰でもそのようなときにつながれる仕組みが必要」というのが創業のきっかけです。2020年3月に法人を立ち上げ、24時間365日、年齢や性別を問わず誰でも無料・匿名で利用できるチャット相談窓口を運営しています。
―根岸さんはどのような経緯で参画されたのですか?
本業は日本IBMで企業変革を得意とするコンサルタントをしており、2020年11月にボランティアのチャット相談員として参加したのが最初です。子どもが2人おり、コロナ禍において子どもの自殺が過去最多と知って少しでも社会貢献したいと思いました。
2021年から相談員以外のこともお手伝いするようになり、2022年からは事務局長、2023年からは理事をしています。企業でいうと COO のような立ち位置です。
私がボランティアとして参加した当時は大空が一人ひとりボランティアの採用面接をしている100名程度の規模の団体でしたが、現在は世界30カ国に900名のボランティア、有給職員も30名ほど抱える法人として急成長しています。
―チャット相談窓口にはどれくらいの相談があるのですか?
1日あたり1000〜1500くらいの件数で推移しています。川に例えると下流でなんとか堰止めているようなものなので、もっと上流にもアプローチしようということで首相や内閣官房に政策提言したり、厚生労働省等にもアプローチしています。日本では政策概念すら存在していなかった「孤独対策」の実現に向け、2024年4月から孤独・孤立対策推進法が施行されます。当法人の活動の成果の一つだと思っています。
―かなりの相談件数ですが、AIではなくスタッフがチャット対応をしているのでしょうか?
まずはチャットボットへの回答を通じ、自殺リスクの高い人やDV、虐待の可能性をアルゴリズムで判別します。危険と判断された人には公認心理師や臨床心理士などの専門の有給職員がアサインされます。自殺リスクが低いと思われる人には全世界にいるボランティア相談員につながる仕組みです。なお、一見自殺リスクが低そうに見える相談内容でも実際はそうではない場合、24時間365日待機しているスーパーバイザー・専門相談員にヘルプを求められる仕組みも整えています。また、相談員のメンタルサポートにも取り組んでいます。
―24時間365日対応とはすごいですね。どのような仕組みなのでしょうか?
世界30カ国にいる900名のボランティアの力を借り、時差を活用した相談支援体制をつくっています。最も相談が増える22時から2時ぐらいの時間帯は海外のメンバーが相談に応じます。 創設以来の相談件数はまもなく100万件に届きそうな勢いです。相談員はアドバイスをするのではなく、あくまで傾聴して相談者の気持ちを受け止めるのが役割です。研修体系を徹底して品質維持に努めています。24時間365日誰でも無料・匿名で相談できるチャットのみの相談窓口というのは日本では唯一です。
―相談者はどのような属性の人が多いのでしょうか?
約70%が女性で、10〜20代が半数以上です。日本人の自殺は中年男性の割合が多いですが、この層を含め、男性からの相談は少ないです。「日本男児は強くあるべき」「相談することは恥ずかしい」といった「スティグマ」(※社会や集団から押し付けられたマイナスのイメージのレッテル)が残る社会構造のせいかもしれません。窓口にアクセスできるQRコードをビジネスホテルに置くなど、別途、男性に対するマーケティングアプローチを検討しているところです。
「孤独」「孤立」といった文言なしのデザインで小さなQR コードを印刷したクリアファイルを小学校で配布するなど、チャットシステムに流入させるような IT 的な仕掛けをSNSなども駆使しながら実施しています。
―相談データから得られることは多そうです。
毎日たまるデータをいろんなメッシュ(網目、区画)で切り取りながら、曜日別、時間別、相談カテゴリー別などで分析しています。当法人にはデータサイエンティストも所属しており、オープンデータや政策提言、自治体や企業への提案活動などにおいてエビデンスに基づいた事業活動を進めています。チャット品質の高さや相談実績、包括的な孤独・孤立支援といった上流から下流までの実績をベースに、外務省やWHO(世界保健機関)や自治体と連携したり、仕組みやノウハウを事業展開として企業に外販したりしています。
―企業への外販というと?
チャット相談やデータ分析、孤独予防プログラム、マーケティングサポートなどのサービスです。現状、「プレミアム」「 スタンダード 」「ベーシック」のプランがありますが、金額体系やサービスレベルについては、模索しながら設計しているところです。特に問い合わせが多いのは外資系の企業です。企業が契約する産業医には逆に相談しづらいと感じる社員も多く、あえて外部の当法人を使いたいというニーズがあります。
―手応えはいかがでしょうか?
新規事業の可能性を強く感じます。孤独・孤立対策推進に関して期待に応えられる価値提供を目指して日々活動しているところです。
また、私たちの窓口に相談する方は、例えると精神的にマイナスの状態であり、それをゼロの状態に戻すことが私たちの役割と考え、これまではゼロからプラスにするのは地域や他の団体に任せることにしていましたが、最近はこのフェーズにおける支援も手がけ始めています。
具体的には、「社会的処方」(※患者に対して地域や人とのつながりを処方する手段のこと)と呼ばれる英国発の支援策があるのですが、これを参考にした「いばしょチケット」というものです。自然や芸術等のコミュニティ資源を電子チケットとして提供する取り組みです。日本財団からのサポートのもと、参加者の気持ちが前後でどう変化したかのデータを取っています。
―非営利法人としての取り組みのなかで思うことなどはありますか?
日本社会におけるNPOに対する認識です。アメリカではMBAを取った人がNPOに就職してかなりの年収をもらうケースもありますが、日本ではまず見られません。まだまだ清貧の思想のイメージが強く、大空と共に新しいNPOの文化をつくっていきたいです。
―今後についてお聞かせください。
企業とNPO両方の経験を通じて思うのは、当たり前ですが、何をやるにしても計画に基づいた実績管理が重要です。ガバナンスの構築や契約文言も一からつくり上げる必要があり、現状こうしたゼロ→イチを立ち上げる、ハードワークについて来られるマネジメントリソースが不足しています。プロボノ(※職業上の経験やスキルを活かしたボランティア)含め、企業経験のある方に我々の事業に興味を持っていただけるような、取り組みを心掛けていきたいです。また、チャット相談窓口は今のところ日本語のみ対応していますが、将来的には英語での展開も整えていくつもりです。
社名:特定非営利活動法人あなたのいばしょ |
創立:2020年3月 |
スタッフ数:821名(相談員を含む) ※2023年12月31日時点 |
主な事業内容:チャット事業、データ活用事業、孤独予防教育プログラム事業 URL:https://talkme.jp |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。