株式会社エンドファイト 代表取締役 風岡 俊希 氏
世界的な農地の減少と環境劣化が深刻化する中、劣悪環境下でも植物の生育を可能にする技術の需要が高まっています。この課題に挑むのが、茨城大学発のベンチャー企業、株式会社エンドファイトです。DSE菌株技術(Dark Septate Endophyte)を駆使し、農業や都市緑化に革新をもたらそうとしています。世界最大規模の菌株ライブラリを持つ同社の戦略と展望について、代表取締役の風岡 俊希 氏にお話を伺いました。
―株式会社エンドファイトについて教えてください。
弊社は茨城大学発のベンチャー企業でありながら、筑波大学発ベンチャーの認証も取得しております。2023年4月に設立したばかりで、現在2期目に入ったところです。
30年以上にわたり微生物研究に携わってきた茨城大学の成澤教授がCTO、私がCEOを務める形で創業しました。
その後、ディープテック分野での企業経営経験を有するシニアアントレプレナーが経営の中核メンバーとして加わり、さらに研究開発部門や管理部門においても、高い評価を受けている人材が揃いました。これにより、一般的なビジネススキルとサイエンスの両面において強固な基盤を構築した人材体制が整いつつあります。
―どのような経緯で創業されたのでしょうか?
共同創業者の成澤とは、前職で地方の大学発ベンチャーに特化したファンドの立ち上げを検討していた際に知り合いました。意気投合し、強く支援したいと考えておりましたが、残念ながら業務の一環として支援することはかないませんでした。
しかし、成澤の人柄、技術のポテンシャル、そしてそれらによって実現可能な未来像が非常に印象的で忘れられませんでした。そこで、「独立して個人的に協力するしかない」と決意し、エンドファイトの立ち上げに至りました。
また、茨城大学発のスタートアップを選んだことにも理由があります。資金の乏しい研究機関では、教授の好奇心に基づいてより深くサイエンスを掘り下げる、いわゆる好奇心駆動型の研究が多く行われていると考えています。私の過去の経験から、このような研究のほうが、豊富な資金や人材を擁する研究成果よりも、ユニーク且つパラダイムシフトを起こし得る可能性が高いと感じていました。そのため、地方にありながら資金が十分でない研究機関の潜在的価値を発掘したいという強い思いがありました。
さらに、農業分野において、これまで真に成功を収めたサイエンス系のディープテック企業が中々生まれなかったことも大きな動機となっています。我々は、新しいビジネスモデルを構築し、この分野におけるロールモデルとなりうる企業を目指しています。
―主な事業内容について教えてください。
劣悪な環境や気候変動の影響下においても、植物の生育を可能にさせる微生物があります。それらの微生物を用いた技術を開発し、実用化に向けて取り組んでいます。
世界は今、さまざまな問題に直面しています。なかでも特に深刻な課題は、健全な農業用土壌が2050年までに90%以上劣化すると言われていることです。さらに、森林面積も毎年500万ha以上失われており、植物の生育環境が急速に悪化。このような状況において、劣悪な条件下でも植物を適切に生育させることができる技術の需要が、世界的に高まっています。
弊社の微生物は、貧栄養環境の森林土壌から分離・選抜された植物内生菌の一種です。この菌が植物の根に侵入し、そこから菌糸を伸ばすことで、植物の細根のような役割を果たします。この微生物が植物の根に定着すると、通常では吸収困難な水分や栄養の吸収を促進し、環境ストレスへの耐性を向上させます。さらに、日照時間や気温などの気候条件に関わらず、植物に開花・結実を促すなどの効果をもたらします。
―DSEについて教えてください。
DSEと一言で言っても、菌株ごとにもたらす効果は多岐にわたります。弊社は、このように多様な効果を持つ菌株を1万株以上保有しています。これは、世界最大規模のDSE菌株ライブラリです。
この豊富なライブラリを活用することで、農業用途はもとより、植物工場、森林土壌再生、都市緑化、汚染土壌の除染など、環境・食農分野において幅広く応用することが可能になります。
各産業分野の課題、要望、ニーズに合わせて、このライブラリから適切な菌株を選択し、ソリューションとして提供。これにより、企業の課題解決や新規事業の共同創造、社会実装化を、国内外の企業と連携しながら推進しています。
弊社の技術は、基本的にさまざまな植物に適用可能であり、多様な環境条件下での良好な生育を確認済みです。また、育苗期間の短縮、収量の増加、食味の向上など、生産者、消費者、環境の三方に利益をもたらす効果がデータとして実証されています。
―他社との違いは、どのような点でしょうか?
土壌微生物資材の分野においては、国内では出光興産、海外では米国のスタートアップであるインディゴ・アグリカルチャーなど、参入企業が増えています。しかしながら、一般的に、微生物は相性の良い植物が限定されることが多く、適用可能な植物種が明確に分かれる傾向があります。これに対し、弊社の微生物は基本的に全ての植物種に適用可能です。このため、対象作物の範囲という観点で、他社製品と比較して圧倒的な優位性を有しています。
また、植物に対して付与できる効果の汎用性、特に日照時間や気温などの環境条件に関わらず花芽形成を促進させる効果については、現在のところ弊社の微生物でのみ確認されており、従来植物工場的なアプローチでしか実現が出来なかった植物の周年栽培を、微生物のアプローチで実現し得るものでもございます。
―現在、どのような取り組みをしているのでしょうか?
当社の微生物はシンプルな工程で培養できるため、従来の微生物と比較して非常に安価なコストでの大量生産を実現できます。このため、コスト感応度の高い農業分野や緑化分野においても導入しやすい技術です。
現在の事業展開としては、主にDSE資材や関連技術を提供しています。新たな高付加価値な植物の栽培方法の開発に取り組む企業や、革新的なバイオ資材の開発を進める企業に対して技術提供を行うというビジネスモデルを構築しています。
このような取り組みを通じて、多様な企業から引き合いが増加し、優れたビジネスネットワークが形成されつつあります。今後は、当社の技術のみならず、パートナー企業のネットワークや成果物も活用し、農業法人、不動産会社、ゼネコンなどに対して包括的な新規環境事業創造のソリューションを提供していく予定です。
具体的には、当社の技術、資産、ネットワークを活用した新規事業創出支援を行います。環境再生型の都市緑化事業、都市農園事業、食育コミュニティ事業など、多岐にわたる事業をコンソーシアム形式で展開します。当社はこれらの事業創造過程に寄り添いながら支援を行う、いわばコンサルティングのような役割を果たしていきます。
このような事業の取り組みを通じて、より大規模かつ包括的な事業構造を生み出していくことを、主要なアプローチとして推進しているところです。
栽培方法の開発に関しては、食品メーカー、飲料メーカー、資材メーカーなど、多岐にわたる企業と連携し、さまざまな植物種や環境条件下での栽培実験を行っています。
また、化学品メーカーや緑化部材メーカーとの協力により、多様な資材を活用しています。これらの技術や資材を組み合わせ、インフラや場所を有する企業と連携することで、新たな事業の創出を目指します。
これらの事業構想は、主に都市緑化および都市農園事業に焦点を当てたものですが、農業分野や森林土壌再生に関しては、別途、農地のグランドデザインなどの構想も並行して進行中です。
弊社の特徴は、このようなコンソーシアム型のアプローチを通じて、創造的かつ大規模な事業を生み出していく点にあります。現在は、各企業との一対一の関係で基盤技術の確立に注力している段階ですが、東京都をはじめとする自治体からの支援も得ています。
―今後の展望について教えてください。
来年度からは、大阪や東京において、都市緑化の新たなモデルケース構築に向けた取り組みを進め、関係各所との連携を強化していく予定です。
同時に、シンガポールやベトナムなどからも都市緑化に関する強いニーズと引き合いがあることから、2026年度以降は、国内で確立したモデルケースの海外展開を進める計画です。都市緑化分野におけるグローバルなデファクトスタンダードとなるようなモデル構築を目指していきます。事業スピードの早い都市緑化分野を起点に、栽培データの蓄積と事業パートナーの強化を進め、中長期的には市場が大きい農業分野で事業インパクトの最大化を図っていきたいと考えております。
社名:株式会社エンドファイト |
創立:2023年4月 |
従業員数:10名 |
主な事業内容:エンドファイト培土およびエンドファイト苗の開発・販売、エンドファイト農法の導入支援、自社圃場による農業 URL:https://endo-phyte.com |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。