株式会社salmontech(サーモンテック) 代表取締役 田邉 将之 氏
これまで高額であった超音波診断装置(エコー)の低コスト化、量産化が見えてきた。薄くてフレキシブルなプローブの開発に成功したことで、長時間計測可能なウェアラブルエコーが実現する。これを応用することで可能となる医療とヘルスケアの今後について、株式会社サーモンテックの代表取締役 田邉将之氏にお話を伺いました。
―株式会社サーモンテックについて教えてください。
株式会社サーモンテックは2022年に熊本大学から立ち上がったスタートアップで、医療用のエコーと、その周辺機器やソフトウェアを開発しています。
私は大学院での研究も含め、これまでずっと超音波の技術に取り組んできました。大学院時代は、超音波を使ってモーターを作ったり、超音波を送受するセンサーそのものを作ったり、さらにそれを使った画像を作るための信号処理や画像処理などを研究していました。電気系の中でも、少し領域の異なるところを3つほど並行して研究してきました。一つうまくいかなくなったらこっちをやって、こっちがうまくいかなくなったらあっちをやって、という感じで3つのテーマに取り組んでいたら、全て結果が出てしまったという。非常にラッキーでした。
学位を取得して熊本大学に助教として赴任してからも、超音波をメインに研究を続けてきました。
―どのような分野に応用される技術なのでしょうか?
現在取り組んでいるテーマの一つが、介護における排便ケアです。
人口減で医師や看護師といった医療従事者も減っていきますが、高齢者は増え続けます。そこに対して、「どうするの?」と。
そこで、ロボットやAIの活用や超音波センシングで貢献できないかと思いまして、排便ケアの技術に取り組んでいます。
また、超音波センサーそのものも作っています。
市販のプローブは、大きくて重くて硬いんです。プローブをお腹や胸にグッとあてて使いますが、プローブは硬くて曲がらないので、体の方が押しつぶされた状態で使うことになります。
そこで我々は、薄くて軽くてフレキシブルなプローブを開発しました。ウェアラブルにもできます。
従来のエコープローブだと、ジェルを塗って、調べたい部分にグリグリ押し当てて、短時間計測して終わりです。しかし、弊社の製品であれば、体にペタっと貼って長時間モニタリングができるようになります。
―それはすごいですね。コストや性能面では、どうなのでしょうか?
大量生産が可能なため、安価に製造することができます。
市販のプローブは、一部の工程を人の手で組み立てているため、大量生産が難しいのですが、我々の作り方だと、ラインさえ用意すれば10万個でも100万個でも量産できます。
性能としては、まだ画質が多少粗いのですが、臓器の構造を捉えることはできます。診断に使うことはまだ難しいかもしれませんが、計測や観察については充分でしょう。
「ちょっと構造を見てみたい」という需要は多いと感じているので、現在、大手企業と共に応用先を探っているところです。
―今後はどのように事業展開していく予定ですか?
候補としてあがっているのは、「乳がんホームスクリーニング」「骨盤底筋トレーニング」「発展途上国向けの安価で交換可能な超音波プローブ」「メタボチェック」などです。
まず骨盤底筋トレーニングですが、女性の尿漏れを解決するためのソリューションを提供したいと考えています。
従来から、ピラティスなどでストレッチポールを使ってトレーニングする方法はありますが、骨盤底筋そのものを可視化することはできていません。ですので、デバイスを作ってサービスを提供できないかと取り組んでいます。
ピラティスのインストラクターは、エコーを使って骨盤底筋の動きを確認しながら指導資格の研修を受けることもあるようです。しかし、既存のエコーは高額なので、生徒たちにレッスンするときにはコストパフォーマンスがあわなくて、使われていないのが現状です。
そこに、気軽に利用できる価格で提供できないか、と考えています。
エコーは、基本的に医療機器承認を取っています。しかし、医療機器の領域だけでなく、ヘルスケア分野で非医療機器としてのサービス展開も行っていきたいです。エンジニアリングの部分はほとんど一緒なので、医療の商流に乗せるパターンと、ピラティスなどで非医療機器としてヘルスケアに使ってもらうパターンと、両方について、今いろいろと動いているところです。
―「乳がんホームスクリーニング」「骨盤底筋トレーニング」などは、どのくらいの価格で提供できそうな見込みですか?
非医療機器の販売価格を数万円にしたいです。もっと言ってしまえば、エンドユーザーが支払うイニシャルコストは0円にできないか、と狙っています。
―低価格での展開が可能になったら、それは「発展途上国向けの安価で交換可能な超音波プローブ」にもつながりそうですね。
はい。安価なエコーを実現したら、海外にも展開していきたいですね。
医用超音波診断装置はまだまだ価格が高くて、発展途上国ではおいそれとは買えません。
JICA(国際協力機構)などが寄付もしていますが、メンテナンスまではなかなか面倒見きれていないというのが実状です。
日本から医師を派遣して現場査察をすると、「プローブが壊れてしまったので部屋の隅っこに置いています」といったことが、よく報告されます。
エコー装置は、大きく分けて電子基板、バッテリー、プローブの3つのパーツで構成されています。そのうち、電子基板とバッテリーはコモディティで、特別な製造工程を必要とするパーツはプローブだけです。このプローブは繊細で壊れやすいにも関わらず、このパーツが壊れたら、どうしようもなくなってしまいます。
我々はこのプローブをはるかに安く作れる技術を持っていますから、そこに参入できないか、と考えています。
―「メタボチェック」がとても興味深いのですが、詳細をお願いします。
内臓脂肪については、非常に関心が集まっていて、テレビCMや雑誌などでも「内臓脂肪を減らす」といった製薬会社系の商品が宣伝されています。
一般に、内臓脂肪を調べようと思ったら、体組成計を使います。あとは腹囲の計測ですね。メジャーでお腹の周りを測る。そして、体重測定。
それらが主な調査方法ですが、これらだけでは内臓脂肪の正確な値を捉えるのは難しく、誤差が出やすいという問題があります。
しかし、エコーを使えば、皮下脂肪が映り、その下に腹直筋が映り、さらにその下に内臓脂肪が映るわけです。断層像ではありますが、計測可能な分かりやすい形で見ることができます。
これは調査によって判明したことなのですが、「隠れ肥満」が結構いるんです。
パッと見はスリムな人で、BMIも正常値。体組成計でも割とまともな値が出ているのに、エコーで調べると、なぜか内臓脂肪がすごくある。そういう人が意外と多く、100人のうち2~3人はいました。
彼ら彼女らは、今までのメタボ検診には引っかかってこなかった人たちです。そういったそういう方々にも実は内臓脂肪がたくさんついていることを発見することができます。
エコーは取り扱いが面倒であったりコストがかかったりするため、これまで内臓脂肪の計測には使われていませんでしたが、我々の技術を使えば、今後は有力な候補となるのではないでしょうか。
低価格でフレキシブル。コストパフォーマンスと使い勝手を兼ね備えたエコー技術で、医療とヘルスケアの両面から、皆さんの健康をサポートしていきたいと思っています。
社名:株式会社salmontech(サーモンテック) |
創立:2022年3月 |
主な事業内容:医用超音波診断装置および周辺機器・ソフトウェアの開発 URL:https://www.salmontech.jp |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。