iSurgery株式会社 代表取締役 佐藤 洋一 氏
骨がもろくなり骨折しやすくなる病気として知られる「骨粗しょう症」。知名度の高さに反して、60歳以上の骨粗しょう症患者のうち、治療介入が適切に行われているのは20%未満であるといわれています。この現状を変えようと、AIを使ったプロジェクトを進めるiSurgery株式会社の代表で整形外科医の佐藤洋一氏にお話を伺いました。
―iSurgery株式会社ではどのようなプロジェクトを進めているのですか?
骨粗しょう症の検査や治療が進んでいないことを社会課題と考え、治療介入率を向上させようと活動しています。具体的には、臨床現場で撮影される頻度が高く、肺がん検診や定期健診で採用されている「胸部単純X(エックス)線写真」のデータを二次的にAI(人工知能)で画像解析し、骨密度のレポートを作って骨粗しょう症の早期発見につなげるプロジェクトです。
―専門的な機器を使わずに、胸部単純X線写真だけで骨粗しょう症を判断できるのですか?
骨粗しょう症の患者は、腰・腕・脚などの骨密度を計測するとともに、胸部単純X線写真も通院もしくは入院中に撮影しています。その両方のデータをAIに学習させることで、胸部X線写真から背骨、大腿骨の骨密度を予測するAIアルゴリズムを開発しています。精度については正常、低骨密度、骨粗しょう症の疑いを90%の確率で推論することができています。
―なぜ胸部単純X線を使おうと考えたのでしょうか。
一般健診や人間ドック等でよく撮影されるからです。特に、40歳以上で行われる肺がん検診の受診率が高く、さらに骨粗しょう症の年齢別の有病率との親和性が高いことに目をつけました。そもそも、骨粗しょう症の検診率は非常に低いです。実際の数値として、骨粗しょう症検診の受診率は約5%であるのに対して、肺がん検診の受診率は約50%にのぼります。
―肺がん検診時の胸部単純X線の写真の撮影から、どのように骨粗しょう症発見につなげていくのですか?
人口10万人の都市のケースで試算してみると、40歳以上の肺がん検診を受診者数は約27,000人です。よって、この約27,000人をAIで骨粗しょう症スクリーニングにかけられることになります。40歳以上の各年代の有病率から割り出すと、約3300人を新たな骨粗しょう症患者として見つけられるはずです。この人口に治療介入を適切に行うことで、107人の大腿骨骨折を防ぐことができ、ひいては年間約2億円ほどの医療費・介護費の削減に貢献できます。
―佐藤さんがこのようなプロダクトを開発しようと思った理由や問題意識について教えてください。
医師になって8年間、整形外科医として働いてきました。これまで骨粗しょう症の患者さんを診察してきた中で、治療介入できておらず骨折してしまったケースを非常に多く見てきました。
調べてみると、60歳以上で骨粗しょう症の人の約80%には治療介入できていない現状がありました。現在、骨粗しょう症の検診率はたったの5%、治療介入率は約10-20%です。骨粗しょう症の患者は日本全国に1300万人と言われていますが、潜在的にはもう少し多いと考えられます。骨粗しょう症の早期発見・早期治療は、高齢化社会における医療経済的な面でも、国全体としての健康増進事業という面でも要になると考えています。
―骨粗しょう症の治療介入について、なぜ、このような状況に陥っているのでしょうか。
根底にある課題は、骨密度検査の受診率が低いことです。なぜ受診率が低くなるかというと、医療提供側と患者側の両方に要因があります。
骨密度を計測する機器は非常に高価で、「DEXA」(※2)の設置率はたったの約6%。設置するスペースや人員の問題もあります。一方、被検者にとっても、骨粗しょう症は他の癌などの疾患に比べると危機感を覚えにくく、骨粗しょう症検診を受ける動機づけを行いにくいのが実情です。そこで、既存のワークフローに組み込む形でスクリーニングする方法が必要だと考えました。
―iSurgery株式会社の現在のチーム体制について教えてください。
2020年の5月に会社を立ち上げ、医師が2名、経営戦略が1名、AIエンジニアが1名、そして私と、合計5人のメンバーで活動しています。研究のための研究ではなく、社会実装を意識した研究開発を行っています。他施設の整形外科医や大学機関のデータサイエンティスト、社外のサポーターとチームを組んでいます。
私はもともとチャレンジや問題解決が好きで、骨粗しょう症の治療介入率を上げるという大きな課題を解決するには、組織で動くことが必要だと考えました。1人では何もできなくても、専門家がチームを組めば大きなことができると体感しています。
―今後はどのようにプロジェクトを進めていく予定ですか?
プロダクトに関しては、7施設から合計2万枚のデータを抽出し、AIを開発しているところです。今年・来年で、自治体や検診組織との実証実験、クラスⅡに分類される管理医療機器の薬事承認取得、VC(ベンチャーキャピタル)から約1億円の資金調達を考えています。
―プロジェクトのビジョンについて聞かせてください。
ADL/QOL(※3)の低下や要介護や廃用(※4)の状態と骨粗しょう症とは、密接な関連性があると言われています。確実な治療介入と治療の継続とで、高齢化社会における健康寿命を伸ばすことを目指して活動していきます。
※1「PMDA(医薬品医療機器総合機構)」…厚生労働省所轄の組織で、医薬品や医療機器の承認審査・安全対策・健康被害救済の3つを行う。
※2「DEXA」…Dual-energy X-ray absorptiometryの略で、X線骨密度測定装置のこと。世界中の骨粗しょう症ガイドラインで基準測定器として定められている。
※3「ADL/QOL」…ADLとはActivities of Daily Livingの略で「日常生活動作」を指す。QOLとは「Quality of Life」の略で「生活の質」をいう。
※4「廃用」…寝たきりなどの過度の安静によって活動性が低下し、心身の機能低下をはじめとするさまざまな不具合が生じた状態。
社名:iSurgery株式会社 |
創立:2020年5月 |
従業員数:5名 |
主な事業内容:アプリケーション開発事業、医療AI開発事業、データサイエンス事業 URL:https://www.isurgery.tech/ |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。