株式会社ヘラルボニー 代表取締役 副社長 松田 文登 氏
知的障害のあるアーティストとアートのライセンス契約をし、そのアートを高解像度でデータ化。さまざまなモノ・コト・バショに展開することで、そのアート使用におけるライセンス料をそのアーティストや所属施設に還元するという、新しいビジネスモデルが話題を呼ぶ 株式会社ヘラルボニー。そのユニークな試みを代表取締役副社長 松田文登氏にうかがいました。
―「障害のある作家×アート」。この独創的なビジネスモデルについてご説明いただけますか。
我々は日本全国の、主に知的な障害のあるアーティストさんと契約を結び、 2000点を超える高解像度のアートデータを所有しています。主として展開しているのは、それらの著作権管理の利用料をアーティストや所属施設に還元する「ライセンスビジネス」です。
他にも作品をファッションやインテリアなどの製品に落とし込んだ、アートライフスタイルブランド「HERALBONY」を運営し、これまでの「福祉としてのアート」の概念を変えようと多彩な活動をしています。
―通常、障害のある方のアートをビジネスとして成立させることは難しいそうですね。
1万6000円。これは現在の日本の、就労支援B型の平均工賃です。また、素晴らしい作品があったとしても、福祉施設や家族がプロデュースをすることもハードルが高い。
私たちは福祉としてではなく、本当に「素晴らしい」と認めた、障害のあるアーティストの作品を世の中に問うていきます。その素晴らしさを世間にも知っていただくためには、様々な露出の機会が必要です。そのための方法を我々は真剣に考えてきました。
今年、ある契約アーティストの親御さんから「息子の収入が数百万円になって確定申告が必要です。いつか息子に扶養されると言う冗談のような日がくるかもしれません。」という嬉しいメールをいただきました。月1万6000円、年収で20万に満たない世界から数百万円の世界へ。我々のビジネスがアーティストの可能性をさらに広げていけると考えています。
―実は未来共創イニシアティブ(ICF)が発行している今年度版の「社会課題リスト」の表紙に、ヘラルボニー契約アーティストさんの作品を初めて起用させていただいています。
はい、当社契約アーティストの笹山勝実さんとおっしゃいます。彼女は日頃から大変穏やかで物静かな方なのです。ところがアートに向かうときは一変。太いカラフルなマーカーで、一本一本大胆かつ丁寧に。そうして描かれた一つがあの作品です。見る角度によって力強さが違って見えるような動きのある画で、ICFさんが目指しておられる社会の方向性とイメージが合っているというご意見をいただき、大変嬉しく思っています。
―せっかくですから、もう少し契約アーティストさんをご紹介いただけますか。
そうですね。例えば小林覚さん。彼は「字と字を繋げて書く」ことに強烈なこだわりを持つ方です。初め、学校の先生も何とか直せないかと苦心したようですが、やがてこれを魅力的な造形表現と捉えることに切替えたことがきっかけで、大きく開花しました。現在は地元岩手のプロバスケットチーム、岩手ビッグブルズのユニフォームにデザインが採用されるなど大活躍中です。
八重樫道代さんは、「自分の絵」を初めて描いたのは19歳という遅咲きのアーティストさんですが、それからは堰を切ったように、太筆のマーカーでカラフルかつ緻密な絵を次々に発表。非常に高い評価を得てきました。ビンのパッケージなど、いろいろなところに作品が採用されています。
―「才能は、披露してはじめて才能になる」とお考えなのですね。
そうです。そのために当社にはファッション・インテリア・ライセンスと三つの柱があります。
ファッションでは、日本の職人さんと障害のある作家さんをかけ合わせ、それを社会にアウトプットしていくためのブランドを自社で持っています。
インテリアでは、たとえばアーティストのデザインが採用されたホテルの部屋に泊まることによって、障害のあるアーティストさんにお金が流れていくような企画など、衆目の集まる場所で作品を利用し、その良さを実感していただきたいと考えています。
ライセンス部門は、まさに当社の主軸です。冒頭でもお話したように、当社が契約する全国30以上の福祉施設で生み出されたアート作品を、クライアントが持つさまざまなモノ・コト・バショに転用。知的障害のあるアーティストが、新しい方法で収入を得ることを目指します。ここでお伝えしきれないほど、さまざまな機会を設けています。
―契約されたみなさんを「障害のあるアーティスト」ではなく純粋に「アーティスト」としてとらえていらっしゃいますね。
当社では「支援」とか「貢献」という言葉は一切使わず、障害のある方をビジネスパートナーとしてとらえています。その方の個性を世の中に示していくことで、障害の概念そのものを変えていきたいと考えています。
―そういったお気持ちが「確信」に変わるようなシーンをご覧になったとうかがいました。
ええ。日本橋三越で出店した際に、高級ブランドのウィンドウの並びにヘラルボニーも存在するという・・・。世界を代表する高級店の並びに、ごく自然に我が社のアーティストの作品があると思うと、本当に嬉しくて。こういう事例が障害のある方を見る社会側の目線が、確実に変わっていくと思うのです。彼らの個性が一人のアーティストとして認められていくことは、障害のある方のみならず、すべての人々が自分の持ち味を活かした場所で、生き生きと働ける未来に、必ず繋がっていくと信じています。
―改めて、障害のあるアーティストさんたちの作品の魅力はなんだと思われますか。
もし私やみなさんがアーティストであれば、売れていくために戦略的なストーリーを創ったり、背景を語ったりすると思うのです。でも彼らはそういう戦略や評価はきっと考えていなくて、描きたいから描く。その強い思いがダイレクトに伝わってくるところが、最大の魅力なのではないでしょうか。
―松田さんがそんな障害のある方たちの魅力的なアートを「仕事」にしようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
私たちは双子なのですが、4つ上に知的障害をともなう自閉症の兄がいました。兄に対して自分たちはごく自然に捉えているのに、世間からは「かわいそうに」と言われることが多く、違和感を覚えていました。あるとき、岩手県の美術館で障害のある方が描いたアートをみて非常に感動したのですが、その時に、このアート作品を知的障害がある方が描いたとあえて言い切り、しっかりと発信していくことで、障害がある方のイメージそのものを変えられる可能性があるのではないかと思いました。
―事業の根幹には、4歳上のお兄さまの存在があったのですね。最後にこのヘラルボニーという不思議な響きの社名の意味を教えてください。
実は意味がないのです(笑)。兄が7歳のころノートのいたるところに書いていた謎の言葉です。どういう意味なのか兄に聞いても「わからない」と。知的な障害のある方は、面白いと思ってもなかなか言語化することが難しい。創業当時、社名をこの謎の言葉「ヘラルボニー」として、そんな言葉にできない「面白い」を、私たちは世の中にさまざまな形に落とし込んで表現していきたいと思いました。これからもこの気持ちを忘れず、私たちは歩んでいきます。
社名:ヘラルボニー株式会社 |
創立:2018年7月 |
従業員数:22名 |
主な事業内容:知的障害のあるアーティストのライセンス業 URL:https://www.heralbony.jp |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。