株式会社三菱総合研究所

インパクト起業家ストーリーAugust 29, 2022#19 超高齢化社会を迎える日本の「老い」にまつわる課題を「情報」と「繋がり」で解決。「1億総エイジングサバイバル時代」に必須の情報プラットフォームを提供する(株式会社リクシス)

株式会社リクシス 代表取締役CEO 佐々木 裕子 氏

日本の高齢化はさらに加速し、80歳以上の高齢者は、増加の一途をたどります。高齢者向けマーケットは2025年には100兆円規模になると期待される反面、働き手世代は急減し、多くの人が「仕事と介護の両立」に不安を抱えています。シニアのリアルを知り尽くし「老い」にまつわる課題解決に取り組む株式会社リクシスの代表取締役社長 佐々木裕子氏に注目の取り組みをお話しいただきます。

株式会社リクシス 代表取締役CEO
佐々木 裕子 氏

―高齢化が急激に進む日本で、高齢者とそのご家族の問題解決をビジネスとして展開されています。その背景をお聞かせください。

「世界中で「老い」の加速は始まっているのですが、中でも日本は、高齢化比率でいうと中国の20年先、欧米の40年先を走っています。実際、これから日本で最も人口が増えるセグメントは、80代以上の方々です。政府としても、このままいくと190兆円に膨れ上がってしまう高齢者福祉、いわゆる「公助制度」には限界を感じていますから、これからの高齢社会では「自助」・「共助」を推進したい意向です。

一方で、これから「働き手」世代の人口は激減します。少子化世代ですから、兄弟も少ない。共働きで、晩婚でもある。未婚率も高い世代です。老いていく親世代を同時に複数人数支えながら、場合によっては一人で、または小さな子供も育てながら、仕事とケアを両立していく必要がある。

だから、今や企業従業員のなんと8割以上(※1)が「家族の介護」に不安を感じているのは、無理ないことだと思います。まさに、「1億総エイジングサバイバル時代」が到来してきていると感じます。

私たちは、これから確実に加速する「ビジネスケアラー問題」「エイジングサバイバル問題」を、「情報」と「繋がり」で解決していこうと考えています。

―実は佐々木さんご自身も、90歳のお父さまがおいでで、まさにビジネスケアラー(仕事と介護を両立させている人)でいらっしゃる。

そうなのです。弊社CSOの酒井(取締役副社長 酒井穣氏)が『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』という本を上梓していますが、まさに、「普段通りに働きながら、どうしなやかにケアと両立する世界を実現するか」は、リクシスの取り組む大テーマです。

―4人の経営チームのみなさんは、それぞれ介護に深く関わっていらっしゃるそうですね。

本を書いた酒井は30年以上、仕事と介護を両立しておりますし、他の3人も仕事と介護両立していたり、介護プロとして20年以上実績をもったりと、現在進行形でシニアケアと深いかかわりを持っています。同時にビジネス経験もそれぞれに豊富で「老いにまつわる課題」と「ビジネス」双方の“リアル”に精通していることが私たちの大きな強みになっています。

―現在主軸となる事業が3つあるとのことですが。

はい。
■仕事と介護の両立を支援するクラウドサービス「LCAT(Lyxis Care Assistant Tools)」
■「老い」かかわるソリューション提供企業への事業開発サービス「シニアビジネス創造支援」
■おせっかいをテーマに家族の繋がりを深める、無料のラインサービス「おせっかいネコ」
の3つです。

出所:株式会社リクシス

―「LCAT」から順にご説明いただけますか。

「LCAT」はビジネスパーソンの「ケア活」を支援し、将来の「両立負担」を下げるHR techサービスです。

「仕事と介護の両立に向けた準備をしよう」といっても、みなさんが積極的に行動するわけではありません。基本的に家族の老いには、可能な限り向き合いたくない。いつか来るとは分かっていて不安だけれど、まだ先のことと先送りしている方が殆どです。逆に今まさに直面している人は、周りに話すことを躊躇してしまう方も多いのです。

―介護のことは、皆さん会社の人に相談しにくいものなのですか?

人事に相談する人は3割、上司に相談できる人は6割で、3割の人は誰にも相談しないというのが現状です。

―そんなに少ないのですね。少し驚きました。

そういう「分かっちゃいるけど動かない」リアルを突破するため、LCATを導入していただいた企業の人事の方には「半強制的に」両立診断ツールを全従業員に配信していただいています。全従業員に簡単な質問に答えていただくことで、今まさに介護している従業員がどのぐらいいるか、どんな負担があって、どういう支援が必要なのかが「可視化」できるようになります。人事の方に介護の実態を把握していただくとともに、ご本人や管理職のリテラシー向上に役立てていきます。

―アンケートに答えた従業員の方たちは、どのようなメリットを受けることができるのですか。

その人の状況に合ったe-ラーニングやメルマガを、こちらが勝手に「おせっかい」する形で、継続的に配信させていただきます。自分からはなかなか動けないけれど、第三者がおせっかいをして情報提供することで、仕事と介護の両立負担を下げるためのリテラシーが自然とついていきます。

―具体的にどういった効果があるのでしょうか。

たとえば「何を知っていなければならないか」がわかり、介護が必要となったときに「活用できる選択肢」の知識が身に付きます。そうなると「プロに頼る」ためのハードルも下がって、いざというときに適切に正しい行動力を発揮できるんですね。メルマガを読んで知っているだけでもずいぶん違います。たとえば「介護のプロにどこに行けば会えるか」「どんな症状が起きれば介護認定となるか」といった、その人の状況にあった知識を提供しています。

―2つ目の「シニアビジネス創造支援」に関してはいかがでしょう。

食品メーカーや、ヘルスケア企業を対象にリサーチやコンサルティングを提供しています。みなさん「高齢者向けの事業って難しい」とおっしゃいます。というのも、「老い」の実態は、急激に構造変化が進んでいることと、個人差も拡大しているので、とても複雑で分かりにくいんです。「事業としての仮説」と「シニアの実態」が大きくかけ離れているうえに、だれにどうやったら効果的にリーチできるのかもよくわからない。サービス提供者は「シニア」と単純に表現しますが、実際同じ年代でも健康状態によってこんなに違うのかとびっくりします。実際シニアと言っても70代と80代では大きな差があるんです。

―リクシスが提供するシニア像が、限りなくリアルな理由はなんでしょうか。

私たちはサービス付き高齢者住宅、デイサービスなど、パートナー在宅事業所を通じて、80代後半までの高齢者約50,000人の「シニアのアンケートパネル」を保有していています。これが「リアルなシニア像」の理由の一つです。

そこから分析したシニアの実情は日々の生活のリアルに密着していることもあり、数段階解像度が高いので、「企業の商品・技術」と適切につなぐことができるわけです。企画や調査・アイデアの実現可能性の検証など、様々な形でビジネス創造のお手伝いをさせていただいています。

―3つめが「おせっかいネコ」。こちらはチャットボットですが、ちょっと変わったネーミングですね。

LCATもそうなのですが、「老いにまつわる課題」の当事者と世の中にある「解決策」を繋ぐためには、単に情報があるだけではなく、ある程度「おせっかい」をしていかないとダメなんです。何かしなくちゃと分かってはいるけれど、リテラシがーなかったり、自分からは動かない/動けない心理ハードルがあるケースが多いからです。

おせっかいネコは、「あくまで明るく楽しく、その人らしさを全力で尊重しながら壁を突破したい」という想いで作った、シニアのみなさんの行動を変えていただくためのAIチャットボットです。健康寿命を延ばす、老化を予防する、などということを「真正面からやると堅苦しいよね」「ほっこりした繋がりを大事にしたいよね」ということで、ライン上で動くバーチャルペット、タマちゃん(ネコ)を創りました。

出所:株式会社リクシス

―とても高い評価を得られたとうかがいました。

大変好評で、「エイジテック2021」(超高齢化社会に対応する科学技術を使った優れた試みに与えられる賞)でグランプリをいただきました。

―シニア世代、ことに70歳、80歳代の「飼い主さん」も多いとか。

はい、飼い主になっていただくと、おせっかいネコのタマが飼い主のみなさんの幸せを勝手に追求するという(笑)。健康に良い食べ物の話や運動のことなど、いろいろタマが話しかけるので、その都度自分の返事やあいづちを選択肢から選ぶ、そんな感じでタマちゃんと会話ができます。

―シニアのみなさんにはどんな変化がみられますか。

タマに「3食、食べてくださいね」とか「お友達とやってみてくださいね」と言われて、自然と行動を起こしてくださったり、定期的に送られてくるリポートを子世代の方が読んで、これまで気に留めたことがなかった親世代の気持ちを知り、親子で深いコミュニケーションができたり。さまざまな変化に私たちも大きな可能性を感じているところです。

―企業からのお問い合わせも増えているそうですね。

シニア顧客のエンゲージメントを高めたい、各人の特性を理解し行動変容を促すツールとして使いたい等と、いろいろな企業さまからお声がけいただき、企業プラットフォームにAPI接続可能な行動変容AIとしても開発中です。現在は個人向けには無料サービスですが、将来的にはそこから有料サービスにつなげていくことも考えています。

―2022年4月より企業横断で新しい取り組みをスタートされました。

ECCL(Excellent Care Company Lab.)といいます。「働きながら介護している人が、当たり前に輝く社会をどうやって実現するのか?」ということを多くの企業さまとともに考えていきます。

私たちは約71,000人分のビジネスケアラー(予備軍)のデータ(2022年4月現在)を保有しています。蓄積したデータをいろいろな大手企業さまと一緒に分析することで、ビジネスケアラーの実態を「見える化」し、互いにアイデアを共有しながら、誰もがビジネスケアラーとなる時代の新しい「両立」の在り方、企業支援の在り方を創り出したいと思っています。私たちはこの分野の第一人者として、大きなムーブメントを興していくつもりです。

―すでにCalbee、SONYなど多くの有力企業さまが参加を表明されていますね。最後にこれからの御社の在り方について、ひとことお願いいたします。

「老い」に関わる課題は、当事者やご家族だけでなく、社会全体の忌避感やバイアスも多く、複雑で一筋縄ではいかないことが多い。だからこそ私たちは、その難しさのリアルから逃げずに向き合う、唯一無二の存在であり続けたいと思います。「情報」と「繋がり」で、「1億総エイジングサバイバル時代」に、すべての人の幸せな長生きを実現する。そのミッション達成に向けて、これからも邁進していきたいと考えています。

※1 LCATを利用している企業従業員の回答(N=23,457)のうち、「仕事と介護の両立に不安を感じる」割合

社名:株式会社リクシス
創立:2016年9月
従業員数:31人
主な事業内容:仕事と介護の両立支援サービス/コンサルティング/マーケティング
URL:https://www.lyxis.com

本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。

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