2025年9月24日に、ICFロボット研究会の第3回イベントとして「ロボット研究の最先端、そして社会実装へ」をテーマにしたイベントを開催しました。
今回は、本研究会の注目領域である「ディープテック」研究を見学する場として、東京科学大学工学院の研究室を訪問しました。その後、取組事例紹介パートでは研究室の前田教授より、ソフトロボットに不可欠な最先端の材料研究について具体例を示してお話しいただきました。川崎重工業様からは、高度化するロボット開発とその社会実装、ロボット・プラットフォームを基盤とした共創のあり方、東京・羽田に昨年オープンしたソーシャルイノベーション拠点「CO-CREATION PARK KAWARUBA」での取組みなどをご紹介いただきました。最後に、当社より、今年度の自主研究「AIロボティクス研究」について、サービスロボットの社会実装を加速する効果や方策、日本の強みを発揮できる分野でのAIロボティクスを活用したサービスロボットの社会浸透を通じて、日本が国際競争力を取り戻すための3つの提言をお話ししました。
※本イベントのアーカイブ動画はICF会員限定で配信をしております。こちらをご覧ください。
イベント内容
1.オープニング ICF推進オフィス 山田
ICFでは、2025年4月に「ICFロボット研究会」を立ち上げました。本研究会では、先端技術の飛躍的な進化を考慮し、その不確実な未来予測に適したSF思考を活用することで、ロボットの新市場創造を目指します。今回は特に「ソフトロボット」とそれを構成する新たな要素技術(センサ、知能・制御系、駆動・構造系など)や、「サービスロボット」活用の展望などに注目しました。
詳細は#1の開催レポートをご覧ください。
2.フィールド(研究室)見学
当日は、ロボット領域のディープテックの中でも「ソフトロボット」(生物のように柔らかくしなやかな動きを実現する、柔らかい素材で作られたロボット)関連の最先端研究に取組み、マテリアルとロボティクス、情報工学を掛け合わせた研究を推進している、東京科学大学工学院の前田真吾研究室と難波江裕之研究室を見学しました。
3.東京科学大学 前田真吾教授 取組紹介
「ソフトロボティクスのご紹介」
やわらかい材料の性質を生かしたロボティクス—ソフトロボティクス—の研究と社会実装の取組を紹介します。
ソフトロボティクスは、2018年イタリアにて国際会議「RoboSoft(リンクは2026年開催のもの)」開催以降、独立した研究領域として注目されています。材料や物理、情報科学など多方面に関与するため分野横断的で、従来のロボティクスとは異なる性質を持っています。現在では化学系の学会でもセッションが設けられるなど広がりを見せています。
研究室では、柔らかい材料の性質に注目しています。デバイス開発に向けて、柔らかい材料がどういう性質を持っているか研究する必要があり、従来の静的な特性だけでなく、動的な性質についても研究しています。柔らかい素材を用いたソフトロボットの利点として、精密制御は難しくなるものの、柔軟性や適応性が高まる点があげられます。研究開発が難しい点は、複雑なシステムを理解するには、シンプルなモデリング手法が不足していることですが、複雑系を理解するために変数を減らし、単純化することで理解が進むという考え方に基づき研究を行っています。
静音駆動技術の研究は、モーター音が原因で義手の使用をためらう若者の声をきっかけに始まりました。従来の機械式ポンプは騒音やサイズに課題があり、日常空間での利用に適した技術としてEHD(Electro-Hydro-Dynamics:エレクトロハイドロダイナミックス)などに注目しました。この技術においても複雑な構造を単純化し、本質を捉えて理解を深め、学生とともに研究・開発を進めています。また、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の研究グループと共同でコンセプトを構築し、柔らかくて進縮性のある導電性材料を用いて、アクチュエータ内部にポンプを内蔵することで「静かに動作する柔軟なポンプシステム」を実現し、「Nature」にて論文を発表しました。

研究に限らず、実用化にも取り組んでいます。看護師教育向けトレーニングツールとしてシミュレータロボットの開発に取組んだ事例では、「摘便」という医療行為の教育課題に着目し、約3年間にわたり20名以上の看護師へのヒアリングを重ねて設計を改良しました。ヒトの直腸の動きを再現するために複数のパウチアクチュエータ1を用い、強い力にも耐えるテキスタイルセンサ2を組み込むことで高いロバスト性3を実現しました。看護学的知見を反映した設計は教育現場でも評価され、製品化も進行中です。私の研究の今後の展望として、材料自体の自律性を高めることを目指しています。自己組織化現象を取り入れて「材料を知能化」し、配線やコンピューターに依存しないシステムの可能性を引き続き探っていきます。
4.川崎重工業株式会社 山口潤氏 取組紹介
「ソーシャルロボット取組みご紹介」
当社のロボット事業の歴史と現在の取組みを紹介します。
1969年から始まった産業用ロボットの展開が、自動車・半導体分野を経て、現在はヘルスケア領域などへとより人々の暮らしに貢献すべく、その用途を拡大しています。その過程において第2世代では遠隔操作、第3世代ではAIによるコミュニケーション、第4世代では自律的な判断が可能な「相棒」としてのロボットへと進化しています。具体例として、遠隔手術支援ロボット「hinotori」や、病院・介護施設で活躍する「FORRO」「Nyokkey」、ヒューマノイド型の「Kaleido」「Friends」などがあります。
工場で使う産業ロボットに対して、手術やケアなどにおいて一般社会の人々を広く支援するサービスロボットを当社では「ソーシャルロボット」と呼んでいます。今後はこの分野の伸び率が非常に高く、市場としても大きくなっていくと見込まれます。このため企業として重要な領域として注目しています。現在、ロボット市場の拡大は北米がトップですが、国内でも人手不足を背景に、鉄道・電力・ガス業界などで、ご案内や点検でのロボット活用ニーズが高まっています。ロボットはまだまだ未熟なので、社会実装を検討するには、まずは「どこで使えるか」を整理することが大事です。現状では、サービスを受ける対象者は特定少数で屋内利用、つまり医療や介護の現場が最も適していると考えています。当社もこの領域から重点的に取組みを進めています。介護領域からスタートし、会話、見守り、物の受け渡しなど、ロボットの能力を段階的に高めて、駅や空港などの商業・交通インフラ、さらに街全体へとロボットの活用を広げていきたいと考えています。

ソーシャルロボットの特徴の1つは、様々な要求に対して柔軟に対応出来るロバスト性があります。これを実現するため、ソフト定義型ロボットを開発・運用する環境の構築も進めています。この環境の活用を通じて他企業や大学との連携を加速し、補完し合える関係性の構築により社会全体のメリットを高めることを目指します。また当社のイノベーション共創拠点「KAWARUBA」での検証も可能とする仕組みなどを通じて、現場とつながった実証の機会を広げていきます。
これからのロボットにはAIが不可欠です。特にソーシャルロボットには多様な機能が求められますが、すべてをゼロから作るのではなく、既存の技術をうまく組み合わせて使うのがロボットAIの基本だと考えています。特にインテリジェンス、コミュニケーション、センシング技術に関しては得意なプレーヤが連携することでより早い実用化が期待できます。また、AIの判断が安全であることを保証する仕組みづくりも必要で、安全性確保のため、物理的・心理的な安全設計や、AI判断の信頼性向上に取組んでおり、AISIやRRIなどの枠組みに参画しています。
最終的には、こうした取組みをオールジャパンで進め、日本発の新しいライフスタイルを世界に広げることを目指していきます。私たちの子どもや孫の世代にも安全な暮らしを残すために、今の世代がロボットを安全に活用できる環境を整えることは我々世代の責務でもあると考えています。
5.株式会社三菱総合研究所 松本昌昭 取組紹介
「未来を切り拓くAIロボティクス~日本がリードするための3つの提言~」
日本の産業ロボットの強みを踏まえ、今後のサービスロボット成長の見通しをご説明します。
AIロボティクス(AI搭載により、高度に知能化したロボット)は、今後の労働力不足に対応するため不可欠な技術と位置づけられています。2035〜2040年頃までは人手不足が続くと予測されている中、特に人が介在する生産やサービス分野でのロボット活用が期待されています。生活支援、働く、学ぶ、移動といった領域での導入が重要なポイントです。また、世界では米中がAI技術の開発で激しく競争し、仮想空間でのシミュレーションから実機への展開が加速しており、AIロボティクスの社会実装においても、今後はリアルなデータ収集と反映が大きなポイントになると考えています。
サービス分野で活用されるAIロボティクスは、まずは特化型(特定用途向け)から実装されることが予想されます。そして2030年にはAGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)が、2035年にはフィジカルAGI4が実現し、汎用型のAIロボットの普及が始まる見込みです。
市場規模も大きく伸びる見通しです。日本では2030年から2050年にかけて2.5兆円から6兆円へ、世界では27兆円から90兆円へと拡大する予測です。特に介護、物流、医療など人手不足が顕著な分野での成長が期待されます。
日本がAIロボティクスで強みを発揮できる分野として、介護・生活、エリアマネジメント、極限環境の3点があげられます。介護分野ではロボットが自然に生活に溶け込む姿を目指し、保険に頼らないビジネスモデルや社会的価値観の転換が必要です。エリアマネジメントでは都市OSとの連携や屋外環境での導入整備、極限環境では海洋や宇宙など技術立国・日本として戦略的に取り組む領域での技術開発と行政主導の基盤整備が求められます。
日本の強みを活かした戦略として、「要素技術開発」「リアルデータ活用」「受容性を踏まえた実装」の3点が必要です。ロボットアームや歩行技術など、特許化等で日本がこれまで技術蓄積してきた領域をさらに磨き、企業内のノウハウや熟練者の知見を活かしたデータ活用が不可欠です。ロボットに付加価値を持たせるには、更新データを含む未活用で高品質の「宝の山」ともいえるデータ活用が重要です。そして、生活分野ごとのニーズに応じた導入が、ロボットの社会的受容性を高める鍵になります。
これまでの説明を総合して、AIロボティクス時代を日本がリードするための提言を3つ示します。
① エコシステム形成に向けた戦略の再構築
② 市場特性を踏まえた技術開発
③ 企業・社会内部の「知」を武器に

規制改革や人材育成、サービスプロバイダを含む新たなサプライチェーンの構築などサービスロボットに適した多方面での取組みが求められます。サービスロボット市場特性の正確な把握とニーズに合った技術開発、「身体知」を価値化するためのデータ戦略としてフィジカルAIの可能性を最大限に引き出すことが重要です。いずれも産官学民連携での取組みを推進していく中で、本提言が産業ロボット大国からAIロボット大国へのブレイクスルーに資することを期待します。
(ご案内)2025年10月6日 三菱総合研究公式サイト掲載
【提言】未来を切り拓くAIロボティクス 日本が再び世界をリードするための3つの提言 サービスロボット大国を目指して
https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20251006.html
6.フリーディスカッション
【社会実装において重要な点、今後の展望】
- 実装過程でユーザーへの丁寧なヒアリングの重要性が分かりました。現場でしか見えない、多様な課題が数多く存在します。現場を知っているユーザーのニーズに対応するためは、例えば、ロボットを構成する異素材同士の接合方法ひとつとっても細部の工夫が必要で、関連論文を探すなど検討を重ねる必要があります。(前田教授)
- サービスロボット市場・投資規模では、日本は中国に劣っていますが、中国のように汎用的・大量生産を目指す製品ではなく、現場のノウハウをAIに組み込むことで差別化できると考えています。特に家庭や医療など精密な作業が求められる場面の作業知見を内包したロボットが、日本の強みになります。この方向性は、当社も参画する経済産業省主導のAIロボティクス検討会でも日本の勝ち筋の1つとして議論されています。今後は、官民連携でエンジニア育成と技術戦略の具体化とアクションプラン策定を進め、All JapanからAll Asia、そして世界へと展開していく戦略を描いています。(山口氏)
- 生活分野に限定されたアンケート結果から考察した一般論としては、働く、学ぶ、移動するといったサービスロボット受容性のあるジャンルでの開発・活用推進が重要です。働く、学ぶ、移動する個人がユーザーとして想定されますが、一方、普及には、まず「使ってもらう」必要があると考えています。地方公共団体などが率先して積極的にエリアマネジメントなどで導入を進めることで、社会全体に普及していく流れが望まれます。(松本)
【ロボット人材のキャリアパスと人財育成】
- 日本の大学の研究室などでヒューマノイド、サービスロボット研究に取組む研究者のキャリアパスは国内ではまだ整っていないといえます。国内の大手メーカーにおいて、これらの研究者の受け入れ枠は、現状では限定的です。当社には一定数の人材受け入れ体制はあるものの、数は限られています。このような状況下、学生・若手の進路はスタートアップ設立、かつ海外進出も視野に入れている傾向を感じています。ロボットエンジニアの人財不足は深刻な課題です。インターンや社内ベンチャー支援といった若手が挑戦できる場をKAWARUBAが提供し、ロボット人材の育成と定着を目指す環境整備を進めています。(山口氏)
- 企業としては、人財育成の積極的な体制があることを学生に伝えていきたいと思っています。ICFロボット研究会のアカデミア連携バージョンのような場があればよいと思います。(山口氏)
【提供側の産業構造の変化】
- ロボットを誰でもどこでも使えるようにするには、コネクテッド型の公共インフラが必要だと考えています。その構想では、ロボット周辺の情報だけでなく、ビルや都市OSなど、エンドユーザーの安全と安心につながるものであれば、ロボット分野以外のプレーヤとの幅広い連携も視野に入れていきます。(山口氏)
- サービスロボット活用において包括的なサービスを提供する「サービスプロバイダ」の担い手について、非製造業の中で特にサービス業は非常に多様で、それぞれの業界によってサービスプロバイダの役割も異なると思われます。産業ロボットでは、メーカーがシステムインテグレータやプロバイダを兼ねるケースもありますが、一方で、例えばサービスロボットを導入する介護分野では、現場のニーズを理解する専門職が、ロボットと現場をつなぐ役割を担うこともありえると思っています。(松本)
7.本イベントでの気づき
【フィールド見学の重要性】
今回のイベントでは、前半に研究室見学の時間を設けたことで、普段はなかなか触れることのないディープテック研究の最前線を、実際に「見る」「触れる」機会を得ることができました。
生成AIの進化により、知識や情報は容易に取得できるようになった一方で、「現場での体験を通じて知を得る」機会は貴重になっています。研究室での見学や研究者との対話を通じて、技術の質感や研究者の問題意識を直接感じ取ることは、ビジネスパーソンにとって非常に重要であると改めて感じました。
一方で、アンケート回答の中には「見学だけでなく、活用の方向性や事業化の可能性についても議論したかった」という声もありました。今後は、体験を踏まえて議論や共創につなげる場を模索していきたいと思います。
【求められるユーザー視点】
社会実装を進めるうえでは、ユーザーの課題を直接ヒアリングすることが欠かせません。ただし、ユーザー自身が課題を完全に言語化できるとは限りません。
そのため、プロトタイプを実際に使ってもらいながら、フィードバックを受け、改良を重ねていくという「試行と対話のループ」を重視することが重要です。
今回の前田教授の発表でも、看護教育用シミュレータ開発における現場ヒアリングの積み重ねが紹介されましたが、こうした地道なプロセスこそが、真に“ユーザー視点に立つ”ものづくりを支えていると感じました。
【産業構造の変革】
新技術の社会実装を考える際には、既存のサプライチェーンや市場構造を前提とし、その延長線上で新市場を想定しがちです。
しかし、今回の議論では、サービスプロバイダやクラウド・プラットフォーマーといった新たなステークホルダーが登場し、供給側の産業構造そのものが変化しつつあることが示されました。
また、需要側の構造も、人口減少や後継者不足といった社会的変化により大きな転換点を迎えています。こうした変化を前提に、「どのようなニーズに対して、どのようなサービスを誰とどのように提供するか求められるのか」を構想することが、新たな技術の市場機会を見出す鍵になると感じます。
単なる技術導入ではなく、社会システム全体の再設計を視野に入れた議論が求められます。
【今後の方針】
ロボットがどのように社会課題を解決できるのかという点は、引き続き掘り下げていきたいと考えています。
その際、現在の社会像や既存の産業構造を前提に議論するだけでは、ロボット技術の可能性を十分に描き出すことは難しいと思います。
むしろ、まず「ありたい未来社会像」を構想し、そこに内在する課題を特定したうえで、それを支える新たな産業構造や市場環境をデザインしていくことが重要です。
その過程で、ロボットが社会に受容される姿や、ロボティクスが果たす役割を具体的に描き出すことができるはずです。ICFロボット研究会としても、こうした未来志向の議論を継続し、多様なステークホルダーが連携する形を探っていきたいと考えています。
1.パウチ内の液体を制御することで駆動するアクチュエータ
2.繊維状の接触等を検知するセンサー
3.外乱や不確定な変動の影響を受けにくく、安定した性能を維持する性質
4.現実世界で動くロボットが、周囲の環境や取り扱う対象を知覚して最適な動作をするよう設計された汎用AI技術
プログラム
| 13:00 | 大学集合 | 
| 13:15 – 13:30 | オープニング、見学準備 | 
| 13:30 – 14:45 | 大学見学(前田研究室、難波江研究室) | 
| 15:00 – 15:30 | 取組事例紹介 東京科学大学 前田真吾教授 | 
| 15:30 – 15:45 | 質疑応答 | 
| 15:45 – 16:15 | 取組事例紹介 川崎重工株式会社 山口潤氏 | 
| 16:15 – 16:30 | 質疑応答 | 
| 16:30 – 17:00 | 取組事例紹介 株式会社三菱総合研究所 松本昌昭 | 
| 17:00 – 17:15 | 質疑応答 | 
| 17:15 – 17:25 | ラップアップ | 
| 17:25 – 17:45 | 名刺交換 | 
| 18:00 | 解散 | 
本イベントに関するお問い合わせ
三菱総合研究所 未来共創イニシアティブ推進オフィス 担当:山田・松田・水嶋
E-mail: icf-inq@ml.mri.co.jp






