株式会社アダコテック COO 村井 誠 氏
コンピュータに大量のデータを読み込ませることで複雑で高度な学習とアウトプットが可能になる「ディープラーニング」。製造業における検品作業でもAIを活用する動きは活発であるものの、説明性が担保されず、判断基準がブラックボックス化しやすい一面も。ディープラーニングとは違う角度から、人が安心・信用して使える技術による課題解決を目指す株式会社アダコテックのCOO、村井誠氏にお話を伺いました。
―日本最大級の公的研究機関、「国立研究開発法人 産業技術総合研究所」(以下、「産総研」)発のベンチャーということですが、どのようなビジネスをしているのですか?
ディープラーニングとは異なる独自のAI画像解析技術を用いて、検査・検品業務の自動化に取り組んでいます。データ分析において、何を予測の手がかりとするか、データのどの部分を指標にするかといった変数のことを「特徴量」といいます。この「特徴量技術」、なかでも画像や動画やセンサデータの相関を数値に変換し、演算可能にする技術をビジネスに応用しています。
―具体的にはどのようなプロダクトを?
主なもの二つあって、一つは「画像検査ソリューション」です。正常の画像だけを集めて学習する「教師なし学習」によって、正常状態と違うことを検知するアプリケーションです。画像にどういう形状のものが映っているかを多次元の特徴量ベクトルに変換することで演算可能にする「HLAC( 高次局所自己相関)特徴量」(※1)という技術を使っています。部品メーカーの製造ラインでの検査や、トンネルの完成検査などのインフラ系で活用されているほか、電子デバイスのお客様とも取り組みを進めています。
―もう一つのプロダクトについても教えてください。
「動画異常検知ソリューション」です。管理したい場所にカメラを設置すると、そこからいつもと違う動きがあると異常検知してアラートを出してくれるソフトウェアです。製造ラインの異常検知や製造設備の監視がメインで、ちょっと変わったところだとバイオマス発電所の燃料供給ラインやゴミ焼却炉の溶融スラグの監視などです。ユニークなものでは、 ゲームセンターのパンチングマシンの利用における異常行動を監視する用途でも活用してもらっています。
HLAC特徴量技術を時間方向に拡張した「CHLAC(立体高次局所自己相関)特徴量」(※2)という技術を使っており、動画に映っているものがどういう動きをしているかを251次元の特徴量ベクトルに変換して演算可能にしています。ドロドロの流体の状態も数値化できるため、プロセスのコントロールや環境のモニタリングにも応用できるということで、大学と共同研究も始めています。
―独自の画像解析技術を用いているとのことですが、AIによる従来のディープラーニングとはどのような点が異なるのでしょうか?
「なぜこのようなアウトプットになるのか」という説明性が担保されていることです。ディープラーニングは高度で複雑なアウトプットが出せる一方、その背景や判断基準が判然としないことがあります。たとえばインフラや危機管理に関することなど、ちょっとした欠陥が致命的損害をもたらしうる場面、つまり品質保証や安全性が第一に求められるシーンでは、AIが「なぜそう判断するのか」の背景の部分を人間が把握することは非常に重要になってきます。
―なるほど。それを踏まえた、貴社のプロダクトの特徴と強みを教えてください。
線形の単純な処理で異常検知を行うため、GPU(Graphics Processing Unit) が不要ですし、処理やアルゴリズムもシンプルなため、汎用PCで利用でき、解釈や制御も容易です。動画異常検知は物体認識モデルが不要なため、実際の製造装置や製品など汎用モデルがないケースでもお使いいただける点は、ディープラーニングによる異常検知システムとの大きな違いです。
また、処理が軽量であることから、 逐次学習、つまり数分おきに再学習して新しいモデルを生成することができます。環境変化が激しい屋外や、外部の光が入ってくるような工場でも、日照条件の変化等を吸収しながら使えます。
―環境変化に自動で対応してくれるのは非常に便利ですね。
一般的に、ディープラーニングを使った画像検査ソリューションは世の中に大量にありますが、どういう画像を再学習すればいいかの指針がないところがユーザーの悩みになっていました。当社のソリューションはそのような再学習すべきデータを半自動で設定するソフトウェアも一緒に提供しています。量産していくなかでのデータの揺らぎに対して追随できる仕組みがあり、検査ライフサイクルを全体的にサポートできることは特筆すべき点だと思います。
―現在の組織体制について教えてください。
メンバーは現在20名程度で、社員の二割は博士課程修了者であり、社長とコーポレート部長を除いた全員がエンジニア出身です。それもあって、現場感のある泥臭い仕事をしている会社です。産総研認定ベンチャーとして設立されたのは2006年、事業を継承する形でアダコテックが設立されたのは2012年ですが、創業エンジニアの2名は今も在籍し、開発を続けています。
―村井さんも技術畑のご出身なのですか?
はい、工学研究科の修士課程を卒業し、三洋電機の研究所で3年、その後ソニーで12年、一貫して半導体の研究開発・商品化・生産拠点の立ち上げにかかわってきました。ゲーム系のLSI(Large Scale Integration=大規模集積回路)の分野で世界初の2.5 D の半導体を量産したり、車載イメージセンサの商品化や品質対応、海外生産拠点を立ち上げたりなどしてきました。
―アダコテックへの入社はどのような経緯ですか?
技術だけでなく、ビジネスを学ぶためにコンサルティング業界へ転職しました。そこでハイテク製造業の支援や機械学習を用いた生産性向上ソリューション構築とグローバル展開をエンジニアと一緒に行っていたのですが、自分で実行できないもどかしさがありました。また、データサイエンス系の案件を多く手がけるなかで、ディープラーニングの弱点や限界を強く感じることがあり、違う角度から社会に貢献できるようなことをやっていきたいと思うようになりました。
世の中ではディープラーニングや生成AIばかりが注目されていますが、それ以外の技術で打って出ようとするところはなかなかありません。アダコテックへ入社したのは、その部分に惹かれたのが大きいですね。当2022年には15.4億円の資金調達が実現し、これから会社を拡大していくフェーズに入っています。
―貴社の技術は非常に専門的で特殊な印象を受けますが、顧客が導入する際の費用感はどれくらいなのでしょうか?
お客様から画像をお預かりして検査モデルをおおよそ20万円、2〜3週間で提供しております。実際に製造ラインで使う際は弊社パートナーの検査装置、あるいは弊社からお渡しするライブラリをお客様の検査ソフトウェアに組み込んで頂き、検査モデルを読み込んで頂けば実行可能です。モデルのメンテナンス費用を含めて月々5万円からがミニマムのプライスです。またお客様ご自身で検査モデルを作成可能なSaaSをAWS(Amazon Web Services)上でご提供しており、月々20万円がスタートプライスです。技術をソリューションに落とし込むのに長い年数がかかりましたが、今は「これさえあればすぐにお試しいただける」という環境が整っています。
―今後の展望をお聞かせください。
今までは製造業をメインのターゲットとしてやってきましたが、それ以外にも我々の技術を活かせるところがあるのではないかと考えています。たとえばベータ版で提供中の「画像分類機能」も非常にユニークな技術で、人の感覚に合わせて画像を自動分類できるものです。インフラのメンテナンスなどで「これは修理すべきか、否か」「これはクラックか、そうでないか」といった、人が感覚で判断してきたことを形式知化、つまり人の判断の思考をアルゴリズムに入れ込んでいくもので、我々の次のビジネスの柱になるのではないかと考えています。
引き続き、科学的な発見や技術で社会に大きな影響や問題解決力をもたらす「ディープテック」カンパニーとして、人が安心・信用して使える技術による課題解決をミッションに取り組んでいくつもりです。
※1「HLAC( 高次局所自己相関)特徴量」…マスクパターンに合わせて画像の輝度情報を掛け合わせて特徴量を生成。画像の持つ形状情報を25次元の特徴量ベクトルに変換する
※2「CHLAC(立体高次局所自己相関)特徴量」…HLACを時間方向に拡張。動画内フレーム間差分画像の時間変化から251次元の特徴量ベクトルに変換する
社名:株式会社アダコテック |
創立:2012年3月 |
従業員数:22名 |
主な事業内容:産総研特許技術を基軸とした異常検知アプリケーションの開発・販売 URL:https://adacotech.co.jp |
本稿は、ICF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。