株式会社三菱総合研究所

インパクト起業家ストーリーApril 01, 2021#3 遠隔集中医療を通じて、より多くの命を救いたい(T-ICU株式会社)

T-ICU株式会社 代表取締役 中西 智之 氏

(注)旧INCF サイトにて2020年4月に発信した記事を再掲しています。

救急医療の最前線の医者として働く中で、救急患者を救うICU専門医の大切さとその不足・偏在を痛感した中西 氏。国内唯一の遠隔ICUの会社を立上げ、より多くの命を救う取組を行っています。

―起業のきっかけについて教えてください。

中西:私は医学部を卒業後、最初は心臓血管外科として働き、その後救急・集中治療に携わりました。集中治療室(ICU)の現場で働く中で、日本で専門医が増えればもっと重症患者が助かるのに、と課題を感じていました。本来救急医療は一拠点につき5人が望ましいとされますが、日本では一拠点に対して専門医が約1.5人と不足している課題があります。

米国には専門医のいないICUを他の病院の専門医が遠隔でサポートする遠隔ICUがあると聞き、見学する機会を得ました。その素晴らしさを実感し、日本へ持ち込むことを考えましたが、日本の病院には受け入れられない超高額サービスでした。

T-ICU株式会社
代表取締役 中西 智之 氏

そこで、独自に遠隔ICUを始めてみようと考え、電話を用いた試行から開始。医療機器メーカーにも相談したのですが、医者の立場だけでは事業を具体化できないことに気づき、会社を立上げました。当初は知名度向上にも悩みましたが、「ベンチャー企業らしく振る舞う方が良い」との友人のアドバイスももらい、多くのアクセラレータプログラムを受け、事業資金も獲得。高校・大学時代の縁を通じて今の経営メンバーとも出会い、事業を進めてきました。

―遠隔ICUで行うアドバイスは具体的にはどのような内容ですか?

中西:遠隔ICUにはいくつかモデルがありますが、当社ではリアクティブケアという、現場の医師が必要な時にT-ICUに登録されている専門医に相談できる仕組みを提供しています。T-ICUのシステムを用い、患者の各種バイタルサイン、電子カルテ等を共有しながらのアドバイスが出来ます。

医者は臓器ごとに専門が分かれていますが、複数の臓器に亘る全身を見て救命率を上げるコーディネートが遠隔でできることが我々の価値です。遠隔ICUでは触診や聴診ができない等の限界もありますが、現場医師と連携して、必要情報を取れば問題はありません。遠隔ICUドクターには人間味あるコミュニケーション、信頼関係の構築が求められます。

社名:T-ICU株式会社
創立:2016年10月
従業員数:10名
主な事業内容:遠隔医療の集中専門医チームによるDoctor to Doctor(医者から医者)の診療サポート

―夢の実現に向けた手応えはいかがでしょうか?

中西:集中医療医学会の中で遠隔ICUワーキンググループが立ち上がったり、厚労省が遠隔ICU普及に向けた予算を昨年度から付ける等、前向きな動きを感じます。ICU専門医と他の医師では遠隔ICUの必要性に関する温度差はまだあるものの、専門医不足の病院にも医療をとどける体制を作るべき、という当社の想いは現場の医師にも広がっているように思います。

また、T-ICUが契約する医師・看護師も順調に集まりつつあり、最近は紹介ベースだけでなく、ホームページ経由での問合せも増えてきました。既に日本全国、米国からT-ICUをサポートして下さっているドクターは約30名います。

T-ICU 遠隔ICUの様子
T-ICU「Covid-19プロジェクト」

―コロナ禍に対して、遠隔ICUをどのように役立てていきますか?

中西:新型コロナの重篤な症状である肺炎患者に対し、人工呼吸器・体外式膜型人工肺(ECMO)の取り扱いができるのは医師ではICU専門医だけです。現在、各地域の中核病院を中心に、国内ICUの3割には専門医がいますが、中規模の残りの病院にはICUがあっても専門医がいません。

コロナ患者は専門医のいる中核病院に入ってきていますが、中核病院での受け入れの限界が生じており、ICU専門医のいない周辺病院で救急搬送が増加しています。結果的に専門外の医師だけで重症患者の治療をする必要に迫られてきています。そこで、「COVID-19プロジェクト」として、T-ICUのドクターがICU専門医のいない周辺医療機関へアドバイスする仕組みを、6月までの期間、無料で始めていて、反響も多くいただいています。

―従来の価値観との対立等、苦労される点はありませんか?

中西:コロナ禍以前は、遠隔ICUの重要性について、一般の方向けのアピールや大学の先生への説明等の作戦を手探りで考えてきました。特に50歳以上の医師の方はICU専門医自体の必要性を感じていない傾向がありました。しかし、コロナ禍により、遠隔ICUに対する必要性の認識が急激に広まり、事業の後押しとなっています。ここで一気に事業を広めたい想いもありますが、ただ追い風に乗るのではなく安全性が重要と考えて進めているところです。

遠隔インタビューの様子(中西 氏)

もともと医者の先輩に電話で治療方法を相談することは昔から良く行われてきており、それを実サービスとして実現したという面も推進の後押しになっています。一方で、遠隔医療は医療行為ではないので、現場の先生に代わってカルテを書く、処方箋を出す、といったサポートが出来ず、医療行為として位置付けられれば、より出来ることが広げられる可能性もあります。

―今後の期待・抱負を教えてください。

中西:遠隔ICUは現場の医療に取って代わるものではありません。一方で、遠隔ICUによって救急・集中治療は絶対良くなると確信しております。今後としては自治体との連携を深めたいです。中核病院と周辺病院への遠隔ICU体制の仕組みを作り上げるには、自治体の働きかけが必要なためです。必要とされる病院や自治体に遠隔ICUの重要性を認識してもらい、少しでも現場の医師の助けになり、重症患者の命を救う取組を広げていきたいと考えています。

MRI’s EYE
新型コロナウィルス対策は、感染防止と重篤患者治療の双方が重要です。社会全体として前者に取り組むとともに、後者の砦であるICUの崩壊を防ぐべく、遠隔ICUでの支援が様々な地域・病院で加速し、根付くことを願ってやみません。

本稿は、INCF会員として、社会課題解決のために共に活動するベンチャー企業を紹介するシリーズ記事です。

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